過去と今と未来と3−21




案の定、サンジが言う通りに一度『クスリ』を買いに来た男は、再度、店に顔をだした。もちろん、前回と同じ開店前に。
店の扉を開けると、男は、カウンターに構えるサンジに目を丸くした。

「お前は・・・。」

訝しむようにジロジロとサンジを眺めた。

「先日は、どうも・・・。俺ぁ、今はこの店の店員だ。この間からこの店で雇ってもらうことになったんだ。」
「・・・・・・・。」

まだサンジの存在に気を許してないらしい。黙ったまま、男はカウンター席に着いた。

「まだ開店前なんだが・・・何の用だったか?」

わかっているだろうに敢えて眉を下げて困ったようにサンジは男に向いた。その手には今磨いている最中なのだろうグラスを手にしている。手の動きは止めない。
男はサンジがこの店の店員という言葉を信じたらしく一旦はほっと息を吐いたが、話はやはりマスターを通してではないと、と悟ったのだろう。その店主の存在を捜してキョロキョロ首を回した。

「マスターに話があるんだ。どこにいる?」
「今、買い物中だ。話は俺じゃダメなのか?言伝といておくが。」

マスターが買い物中なのは事実だ。

「あんたじゃダメだ。マスターに直接話がしたい。」

やはりな、とサンジはカウンターの客席側に乗り出した。

「わかってるよ。『クスリ』だろう?マスターから聞いてる。あんたが欲しいのは、どのタイプだ?『錠剤』か『注射』か?それとも『煙草』か?」

先ほど、何の用だと聞きながら、今度は己から用件を先に告げる。

「『飴玉』のヤツ。」

話を聞いているとサンジのセリフに安心したのだろう、素直に欲しいものを答えた。
へぇ、そんなタイプのものもあったのか、とサンジは内心感心した。
『クスリ』を欲しがっているのは知っていたが、どんなタイプのモノを欲しがっているのかは知らなかった。もちろん、マスターとのやりとりもそこまでしてなかったのだから、マスターも知らないだろうが。
まぁ、彼女に使うと先日騒いでいたのだ。女性によってはそんなタイプのものがあればそれが一番だろうこともあるのだろう。
だが、マスターとはどんなタイプのものでも対応することに話はつけてある。

「そうか・・・わかった。どれだけ欲しい。」

男は目を丸くした。
今回も早々手軽るに『クスリ』を手に入れることはできないと踏んでいたらしい。拒否されないことに驚いたようだ。

「今日はやけに簡単にOKするな。」

前回は『クスリ』の存在自体を認めなかったのに、今回は容易に話が進むので反って怪しく感じたのだろう。軽く笑っているサンジの存在そのものをも怪しんだ。

「もしかして、お前、店主に黙って・・・。」
「あ?ばれた?」

ニヤリと笑うその笑いに男は訝しんだが、そんなことは言ってられないらしい。
逆に今しかチャンスがないように慌てて手を差し出す。

「だったら、早くそれをくれ!」

切羽詰った声で詰められた。

「おいおい、ちょっと待て!いくら何でも、希望の品を今すぐここに出すってことはできねぇ。2〜3日待て。用意しておいてやるから。」
「2〜3日待ったら、『クスリ』は手に入るのか!?」

必死に取りすがる男にサンジは肩を竦めた。

「あぁ、きちんと用意しておいてやる。・・・・そうだな、じゃあ3日後だ。3日後のこの時間にまた来い。この時間ならマスターは店にいないから、大丈夫だ。」

ニヤリと笑って男の肩をポンと叩いてやると、男は咋に喜んだ。

「本当だな!」
「あぁ、約束する。」
「わかった!3日後のこの時間だな!!」

時間を確認すべく、男は時計に目をやった。
「よし。」とわからない程度に拳を握り締めた男にサンジは内心複雑な気持ちになった。



ロイもこんな風にこの店に来てたのだろうか。



純粋に好きな女と結ばれたいだけなのだろう、この男は。
だが、だからと言って、彼女の意思を無視してまでしていいことではない、とサンジは考える。
それにマスターと約束をしたのだ。
度重なる『クスリ』を手に入れたがる恋に取り付かれた連中に何かあると踏んで探りを入れると。
場合によっては、理由はわからないが、恋に憑かれた連中を利用して女性達を拐かしている組織なりグループなりがいるのかもしれない。いや、かもしれない確立はかなり高いように思われた。
心して掛からなければ、と改めて気を引き締めた。


『クスリ』を手渡す段取りを決めたとたん、裏口からバタンと扉の開く音がした。

「それじゃあ俺は・・・。」
「二度と来るなよ!」

目を見て、マスターにばれないようにと口裏を咄嗟に合わせた。
慌てた素振りの様子の二人に老マスターは眉を顰めた。

「なんじゃ、一体・・?」
「いや、こいつがまた来たから追い払ったところだ。」

早々に出て行った男の背中に塩を撒く勢いでサンジが答えた。
男はそそくさと何も言わず黙って出て行った。


暫く沈黙が続き、もう店には誰もいないことを確認して老マスターはテーブル席の方に腰掛けた。
サンジはキッチンの隅に置いてあった煙草を手に取り火を点ける。

「お前さん、その煙草は・・・」
「あぁ、これは普通の煙草だ。『煙草』のことで記憶がなくなったことから吸わなくなったことになってるが、元々煙草は中毒っちゅうぐらい吸うんだ。ここ最近、ずっと店の中で煙草を吸う連中と一緒の空間にいただろう?やっぱ我慢できなくてな・・・。ここでなら、匂いが服に染み付いても酒場にいた、ってことで誤魔化せるし・・・。」
「せっかく禁煙できてたのにのぉ・・・。」

老マスターは軽く笑った。

「で、さっきのヤツだが。」
「どうじゃったの?」
「あぁ、じぃさんに内緒で用意してやるって言った途端、あっけなく喰らい付いてきた。ま、元々欲しがってたもんだから当たり前だが・・・。」
「じゃろうな・・・。この間も必死じゃったしな。」

老マスターは大きくため息を吐いた。

「どんな『クスリ』を所望じゃったかの?」
「あぁ、『飴玉』だってよ。・・・・・あるんだろう?『飴玉』のタイプの話は聞いていなかったが、そいつ、知ってて言ってるって風だったからな。」
「あぁ・・・あるよ。お前さんには、関係ないタイプじゃったから言わなかっただけじゃ。で、受け渡し日は、いつじゃ?」
「3日後。」
「わかった・・・・すぐに用意はできるんじゃが、明後日にお前さんに渡そう。」
「この間の・・・倉庫にはないのか?」
「あるよ。じゃが、明後日でいいじゃろう?」
「まぁな。」
「じゃあ、明後日じゃ。」
「わかった・・・。」
「それじゃあ、第2の仕事に入ってもらおうかの・・・。」
「あぁ・・・。こっちも任せてくれ。」

軽く笑って老マスターは立ち上がってテーブルに置いたあった荷物をカウンターへと移動させる。
サンジもわかった風にごく自然に裏口へと向かう。裏口へ繋がっている扉のすぐ横にもう一つ、食料庫になっている部屋の扉があった。
その中に入り、数種類の野菜を手にする。


『クスリ』のこととは別に、サンジはコックとしてもこの店で暫くの間、雇ってもらうことになった。
最初、老マスターは、サンジがこの店に通うことに渋っていたのだが、サンジがコックだということを最初の話の中で聞いていた常連客連中が、「じゃあ。」と、海賊の割りには海賊らしくないサンジの腕試しを勧めた。
案の定というか、やはりというか、一流コックを自負するサンジの料理に常連客の誰もが魅了されてしまい、老マスターが苦い顔をするのを横目にサンジをすんなりと受け入れてしまった。
この店に来る誰がいつ敵対関係になるのかわからない状況の中、常連客という名の、老マスターが作り上げた組織の連中は、サンジの作った料理にほんのひと時だが温かい気持ちになったらしい。
この店にいる誰もが、元々はまっとうな人間であり、本来、裏家業には向いていない連中ばかりなのだろう。
サンジの作った料理に「美味い」「美味い」と口々に料理を押し込む常連客連中に、老マスター以外にも彼らを自分の料理で癒せるのなら進んで美味い料理を作りたいとサンジは喜んで料理を作った。
腕試しは見事サンジの勝ちとばかりに、すぐその日から、サンジは店でコックとして働くことになった。
もちろん、本来は老マスターの店である。サンジはログが溜まれば、すぐにでも島を出るのだから、今までの店の経営の邪魔にならない程度ということは確認しあった。

「じぃさん、このじゃが芋とごぼうでチップスを作っておこうと思うが、いいか?」
「あぁ、頼む。」

老マスターもサンジの腕を一目で認めたのもあるのだろう。サンジの作る料理にはほとんど口出しはしない。どころか、いつの間にかメイン料理もサンジに任せてしまうほどだった。
本来の店のやり方から出張りすぎないように簡単なつまみを中心に作っていくつもりだったのが、ある意味、これは失敗か。いや、メイン料理も老マスターや客に受け入れられたのは正直嬉しかった。レシピも簡単だから、老マスターにも伝えればいい、とサンジは考えた。

「そっちが終わったら、煮込みの方も頼めるかのぅ?」
「あぁ、わかった。今日は何をメインに出すんだ?」
「鰯が安く手に入ったから、生姜煮をしようと思ったんじゃが、どうじゃ?」
「お、美味そうだな。いいね、了解!」

手際よく、つまみ類の下ごしらえを済ませると、今度は、メイン料理の仕込みを始めた。
お互いに包丁を手に魚を捌いていく。
料理をしている時が、自分もこの老マスターも至福の時だろう。

料理を頬張り、喜んでくれる今夜の客のことを思って、サンジは腕によりを掛けた。






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2008.01.11.



予想以上に長くなりそうです、すみません・・・。