過去と今と未来と3−22
指定された三日後、約束した時間きっかりに男は店に現れた。 老マスターは、打ち合わせ通りに買出しに行っている。 「っらっしゃい。」 「約束のモノ・・・用意できたか?」 「あぁ、まぁな。まぁ、座れよ。」 サンジが顎でカウンターの席を示した。 男は素直に席に着く。 「で・・・『クスリ』は?」 切羽詰った顔で見上げる。言葉尻りもなんだか慌てているように感じた。 「慌てん坊だな・・・。」 「マスターが来る前にさっさと用件を済ませたい。」 「それは大丈夫だ。じぃさん、さっき店を出たばかりだし、今日は隣町まで取りに行く品があるから遅くなるだろうって言ってたぜ。」 「なら・・・・いい。でも、さっさと済ませたい。」 「わかった・・・。これだ。」 ガサリとサンジは、紙袋をカウンターに置いた。 男が急いで袋の中身を確認する。 中を覗くと可愛らしい水玉模様のパラフィン紙に包まれた飴玉が数個、袋の中で転がっていた。 「これだけか!?」 目を剥いて声を荒げる。 「それだけありゃ、十分だろうが・・・。」 「これだけじゃ足りない!もっと必要なんだ!!」 サンジは胡散臭げに目を細めた。 「中に5個入ってる。それで充分だと思うが・・・・。1個で丸一日は効く。そうずっと『クスリ』を与え続けると中毒になるぞ。彼女を薬漬けにしたいのか?」 「そうじゃない、そうじゃない!!でも、必要なんだ!!」 「わかんねぇな、お前さんの言う事は・・・。」 「売ってくれないのか?」 「そういうわけじゃないが・・・・・俺を納得させてみろ。」 容易に渡せば事は簡単に進むかもしれないが、ここでわかる情報があれば手に入れておきたい。 厳しい目でサンジは男を見下ろした。 「彼女の呪縛を解くには時間がかかるんだ。だからその分、『クスリ』が必要なんだ!」 「さっきも言ったろ、中毒になるぜ?」 「それは、大丈夫だ!きちんと俺が彼女の世話をする。彼女がおかしくならないようにきちんと計算して『クスリ』を与えるから。予備を含めて50個は欲しい!!」 「10倍じゃねぇか?金額も半端じゃねぇぞ!」 「いい、金ならいくらでも出す!!」 男はドサリと大きな布袋を『クスリ』の入った紙袋の横に置いた。 一目見ただけでも中にかなりの金額が入ってるのがわかった。 「ここに100万ベリーある。それで足りると思う。だから、頼む。『クスリ』をくれ!!」 男のあまりの必死さにサンジを目を丸くした。 よくよく考えれば100万で好きな女が手に入るのならば安いといえば安いだろう。が、素人が『クスリ』に出すにはかなりの金額だ。老マスターから聞いている額の倍の値をこの男はつけている。 サンジは脇に置いてあった煙草の箱に手を出した。ゆっくりと一本引き抜き、火をつける。 男がじれったそうにサンジを見つめているのを気にせず、ふぅ〜と煙を吐いた。 「そんなに大量に『クスリ』を欲しがる理由がわからねぇ。さっきも言ったとおり、俺を納得させてみろ。」 男の目が険しさを増す。 それを見て、早々にサンジは手を上げた。 「だが・・・・・100万か。確かに、いい額だ。ま、こんな商売に理由を聞くのもルール違反かもな・・・・・・・・いいだろう。ちょっと待ってろ。用意してくる。」 そう言い、肩を竦めた。どうやら簡単には詳細を告げるつもりはないらしい様子に、これはやはり後をつけるしかないと判断した。 とりあえず、金額に負けたように振舞うべくニヤリと笑うと、踵を返した。 男を置いて、サンジは裏口へと姿を消す。 10分ほど経った頃だろうか。 ギィッと音を響かせ、サンジは再び男の前に戻ってきた。その手には、今度はずっしりと重たそうに詰まった袋がある。 「これでさっき言った分、全部だ。もう、これ以上はやれん。」 「わかった・・・・・。ありがたい。」 そのまま『クスリ』の入った袋を手渡すと男は、そそくさと中味を確認する。 中に入っているのが男の求めていたモノと量であることを確認すると、もうここには用は無いとばかりに立ち上がった。 そのまま裏口への扉へと向かう。 「お前さんの彼女がどういった人かわからんが、・・・・・レディには優しくするんだぞ!」 さもらしく金をしまいながらも、サンジにはそう声を掛けるしかなかった。 できれば、彼女がその飴玉を口にする前に事を終わらせればいいが。サンジの思いは男に通じたのかどうかわからない程度に男は頷くと姿を消した。 「さて・・・・と。見失う前に俺も行くか・・・。」 一人呟くと、カウンター下に用意してあったいかにも地味な茶色の薄手のジャケットとサングラスを嵌める。いかにも胡散臭そうだが、センスのない格好には反って目立たないかもしれない。 そう内心軽く笑うと男が出て行った扉からサンジも出かけた。鍵はもちろん忘れずに・・・。 キョロキョロと辺りを見回すと、遠く離れた場所に先ほどの男の後ろ姿を見つけることができた。 「あれか・・・。」 適度な距離をとりつつサンジは男の後をつけた。 何度か市場や繁華街にあたる地区を通り抜け、道なりに進む。ひたすら真っ直ぐに道を進む男に素人さがにじみ出ていた。 もうかれこれ30分以上は歩いているだろうか。そろそろ目的地に着いてもいい頃だろうと考える。 ただ単純にそのまま家路に着くかもしれない可能性は、人通りを抜け、寂れたスラム街辺りに入り込んだ頃に消えた。 「まだ歩くのかよ〜〜〜〜。」 大きくため息を吐いたとたん、男は辺りをキョロキョロと見回し、すっとビルの裏通りらしき細道へと入った。咄嗟に如何わしい看板に身を潜めて見つかることなくほっと息を吐いて、サンジは男が消えた裏道へと走り寄る。 壁に隠れながらそっと様子を伺えば、やはりまたキョロキョロと回りを確認してからいかにもな扉の中へと姿を消した。 いかにも胡散臭そうな建物のそれは、3階建てで、よくあるような裏の非常階段はなかった。寂れてはいるが、昔はかなり高級な部類に入る作りに見える。 今はその影も薄らいでいて、壁の表面は剥がれ落ち、場所によっては骨組みが見えるほどに穴が大きく開いていた。そして約束事のように赤や黄色い大きな落書きが代わりに建物を彩っている。逆に、昔は華やかさを見せていたらしい入り口上部にある雨よけ屋根に描かれた文様も、見るも無残に色あせていた。 「やっぱ、そのまま家に帰るんじゃなかったな・・・。ここがどうやら、隠れ家か?」 サンジはそっと呟き、足音を忍ばせて男が消えた扉横にある窓から中を覗き込んだ。 どうやら通路になっているようで、男は見えない。どうしようかと考えるが、ここまで来たのだ。すんなりと帰るのもバカらしい。 サンジはゆっくり扉のノブに手をかけ、音を立てないようにそっと扉をあけた。 が、やはり男は見えない。どこかの部屋にでも入ったのか・・・。 長く続いているらしい廊下に人の気配を探り、問題ないことを確認すると、忍び足で中へと入った。 一歩一歩ゆっくりと、一部屋一部屋気配を確認しながら廊下を進むと、さほど進まないうちに右手に階段を見つけた。じっと手摺りを観察すると辺り一面埃だらけの廊下の中において、手摺りが埃まみれになっていないことが容易くわかった。 「上か・・。」 さっきから手持ち無沙汰についつい独り言を溢してしまう。なんだか情けなくてシャツの胸ポケットにしまい込んでいた煙草を1本抜き出した。火をつけることはできないから、そのまま咥えるだけにする。それだけでも余分な独り言はなくなるだろう。 手の痕を追うように手摺りに掴まりながら階段を上った。 上がってすぐ左側の扉から何か音が漏れ聞こえた。聞き耳を立てるとどうやら漏れ聞こえてきたのは人の話し声だった。 ここか、とさらに慎重に足音を忍ばせて、壁に沿って様子を伺う。 扉はしっかりと閉ざされている為、中の様子は詳しくは解らないが、『クスリ』に関しては、やはり単純にあの男一人の所作ではないことは一目瞭然だった。 サンジはギリと煙草を強く噛み締めた。 「これがその『クスリ』だ。あんた達の言う通り、『飴玉』タイプを50個だ。これでいいはずだ。」 「よくやったな・・・。よし、当初の約束通り、お前さんには5個くれてやる。もちろん、彼女用だぜ?」 ガハハと下品な笑い声が数人分外へと届いた。 相手は3人?・・・・いや、他にも気配がある・・・。 だが・・・・。とサンジは眉間に皺を寄せた。 なんだか弱々しい人の気配もする。 それを証明するような話し声が続いた。 「そうそう、俺様達が親切にも、先に彼女をクスリ漬けにしておいてやったぜ?飴玉タイプがなかったからな、注射を打っておいた。もうかれこれ一週間は経つから彼女はすっかり『クスリ』無しでは生きていけないぜ?もうお前さんからは離れられないだろうが。」 下品な声に聞き覚えのある声がひっと息を飲むのがわかった。 「待ってくれ!その『クスリ』は中毒性があるって聞いた。『クスリ』無しでは生きていけないって・・・!!!それじゃあ、俺達は!!」 「だから親切にも褒美として、飴玉5個やったろう?お頭は5個までならくれてやっていいって言ってたからな。後は欲しかったら俺達から買うんだな・・・。」 途絶えることのな笑い声の中に、ダンッと音が響いた。どうやら人が倒れた音らしい。 「マリア!!」 耳に入ったその名前に、サンジの目が見開かれた。 「マリア!マリア!!大丈夫か!!」 悲痛な男の叫び声と下品た笑い声以外には、誰の声も聞こえない。 もしかして、そのマリアという女性はもう手遅れなのだろうか。あまりの仕打ちにサンジが立ち上がった。と、同時にバタンと大きな音を立てて扉が開かれた。 「じゃあな・・・。持分の『飴玉』が無くなって、また欲しくなったら、ここに来い。誰かがいるはずだ・・・。安くしておくぜ?」 「・・・・・!!」 ガンッと床を叩く音がした。どうやら男が拳を床に叩きつけたようだ。 「お前さんのお陰で、また『クスリ』が手に入った。後は、お頭に報告して、仕上げに入るだけだ。その彼女にヨロシクな!!」 笑いながら出て行ったいかにも悪役面の男達はそのままサンジに気づかずに出て行った。 扉が開いた瞬間、サンジは咄嗟に隣の部屋に隠れたのだ。もちろん、誰もいないことは最初に確認済みだった。 だが。 本来ならば、このまま男達を蹴り上げて捻り潰していただろう。 それだけ胸糞悪い連中だった。 ただ、それができなかったのは事の詳細がわからないままに踏み込んだとろこで事の解決には繋がらないと判断したからだ。老マスターとの約束を果たすにはまだ材料が足りなかった。 奴らを叩きつけるのは、詳細を掴んでからだ。どのみち、『クスリ』漬けになった彼女はこのままにしておくわけにはいかないだろう。 収まらない怒りを、それでも当事者の男の怒りにはほど遠いだろうと自分を諌め、サンジは諸悪の根源達が消え去ったのを確認してから、今だ部屋で途方に暮れているだろう男の元へと向かった。 ギイッと扉と共に耳に届いた音に、中にいた男はマリアという女性を抱きしめたまま、ビクリと体を振るわせた。・ 恐れおののきながら、顔を上げて。 サンジの存在を確認すると、今度は恐れから嫌悪感を一気に表に晒した。 「あんた・・・・。どうしてここに・・・。」 「『クスリ』の使い道が心配になってな・・・悪いが、ここまで尾行させてもらった。その娘は、もう中毒か?」 「・・・俺の所為だ・・・。俺はマリアがこんな風になるまで『クスリ』を使うつもりはなかった。」 「奴らが『クスリ』を打ったんだろう?・・とはいえ、お前の所為だな、この娘がこうなったのは・・・。」 「・・・・・っ!」 キツイ言葉だろうが間違ってはいない。 ギュッと抱きしめられた女性は、ただ呆然と天井を見つめるだけだった。 名前が一緒だからだろうか。サンジのかつての恋人だったマリアを思い出させる雰囲気を醸し出していた。きっと笑うと可愛らしいだろう。しかし、そんな彼女は何も言わず何も見ていない。 サンジは目を瞑って、今脳裏に蘇ったかつての恋人を記憶の隅に押しやった。でなければ、自分の方が押し潰されそうだ。 哀れでバカな男を抜きにしても、どうにかしてこの娘を救ってやりたい、とサンジは思った。 「詳しい話を聞かせろ。場合によっては、力になってやらないでもない・・・。」 「・・・・え?」 サンジの言葉に男は顔を上げた。 「『クスリ』に関しては俺も素人だ。だが、余所に相談はできねぇし、店のじぃさんに相談に乗ってもらうしかない。」 「じぃさん・・・・ってマスターにか?」 「そうだ。それか俺の・・・」 そこまで言葉を続けようとしてハッとした。 チョッパーに『クスリ』漬けになった彼女のことを相談すれば、必然的にこの島で起こっていること、そして、この島がロイが『クスリ』を買った島だということがばれてしまう。サンジは話を逸らした。 「それに、お前と取引をした連中に関してもそのままにしておくわけにはいかないだろう。お前らと同じ目に遇う連中がまた増えるぞ。」 これも放かっておいていい問題ではないだろう。 男は自分の過ちに気づいてか気づかずにかはわからないが、コクリと首を縦に振った。 「ともかくここを出よう。行く宛てはあるのか?」 「二人で住もうと思っていたアパートはあるが・・・・ここからだとちょっと遠い・・・。」 「だったら、一旦店に戻ろう。異論はあるか?」 「・・・・・ない。」 男の返事を聞くとサンジは徐に立ち上がり、先ほど疲れていただろう床に落ちているシーツを拾い上げた。 今だ彼女を抱きしめた男を叱咤して彼女をシーツに包む。 二人はそのまま先ほど『クスリ』の売買をした店に戻った。 |
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2008.01.29.
なんだかとっても眠いです・・・。