過去と今と未来と2−23
「マリア・・・・。」 多少冷たいがまだまだ温かみの残る風に草が踊っている。太陽はもうすぐ海の下へ潜り込みそうな位置へと移動していた。 サンジはマリアを抱き上げたまま、辺り一面草原のようになっている場所に立つ。 海の見える位置ということで来たこの場所は、病院からほんのちょっと歩いて来れる崖になっている丘の上だった。 きちんと整備されているわけではないようだが、公園がわりに人々が寛ぐ場所になっているのだろう。草花が沢山咲いている。 ただ、柵もないので、あまり前に進むと崖から落ちてしまうかもしれない。 サンジは用心してマリアと崖の先端から少し離れた位置に立った。 もぞもぞと動くマリアの仕草はどうやら、降ろしてほしいらしい。 サンジが抱き上げていたマリアの身体を降ろすと、マリアはゆっくりと地面に足をつけた。 「・・・・海。」 病室にいる時から発している言葉は単語しでしかないが、ポツポツと溢す言葉は、サンジに何かを訴えているようだ。 「うん。海が見える丘に来たよ。」 コクンと頷く仕草は、今だ本来のマリアではない。 サンジは優しく肩を抱いてマリアの身体を支える。 が、それに気づいているのかいないのか、マリアが一歩踏み出した。しかし、久し振りに自分一人で立ったため、足取りがかなり危ない。 「マリア・・・・。危ないから。」 そうサンジが手を伸ばそうとするのをするりとすり抜ける。 足取りは危ないままだが、まるで踊るように動く。本当に寝たきり状態だったのが、嘘のようだ。 サンジはホッと息を吐いた。 やはり、マリアの今の状態は精神的なものに起因するとろこなのだろ。 以前のようにとまではいえないが、ふらつきながらも、それでも今はこんなにもはっきりと一人で立っている。 「海・・・・。」 同じ言葉が彼女の口から何度も何度も漏れる。 何が言いたいのだろうか・・・・。 マリアと視線を同じところに合わせる。 そこには船が一隻、夕日に赤く染まる水面に映えるように輝いていた。 「あれは・・・・、もしかして・・・。」 記憶があるのならば見慣れてるだろう、海賊旗が風に煽られピンと張っている。 記憶のない今は、たぶんそうだろう、ぐらいにしかわからないが、旗印が麦わらを被っているところからみて、どうみてもルフィ達の船だとわかる。 「あぁ・・・・、そうか・・・。」 マリアはもしかしてこれをサンジに見せたかったのかもしれない。 ナミが訪れたのと、サンジのいない時だがゾロが来ただろうことを考えれば、マリアにも彼らの出航のことがわかったのだろう。 彼らに最後の別れを・・・と、今だ正常に戻りきっていないのに、彼女なりに思いついたのだろう。 彼らのことを嫌っていたのに。 彼らが見えるこの丘にサンジを連れて来てくれるなんて、改めて彼女本来の持つ優しさを感じる。 「ありがとう・・・マリア。彼らに別れを言わなきゃね。」 別れを言う、と言っても大声で叫び、彼らに自分達の存在を知らせるつもりはない。 ただただ、静かに彼らの旅立ちを見届けるだけだ。 夢のために、彼らは突き進むのだろう。 この島に着くまでは自分の夢も彼らと共にあったのだろうが、それはもはや過去のことだ。 今のサンジの夢はオールブルーを見つけることではない。 マリアを支え、もう一度、彼女を幸せにするのが、今のサンジの夢だと思った。 ふ、と気づくと船の甲板に人がいるのが見て取れた。 「サンジだ!」 遠いがサンジの名前を叫ぶのが丘の上でも聞き取れた。 思ったよりも遠い距離ではないようだ。 「向こうもこちらに気づいたようだな・・・。」 甲板に並ぶ人達が並んでこちらを向いているのがわかった。 それでもお互いに手を振るでもなく、ただただ静かに遠く見詰め合うだけだ。 記憶がないサンジをそれでも「一緒に海に出よう」と誘ってくれて。 記憶がないため確証はないが、仲間を裏切るような行為をしておきながら、それでもサンジを受け入れてくれて。 明るくて屈託がなくて楽しい仲間たち。 こんな連中と一緒に旅が出来たらどんなに楽しいだろうか、と思う。 できれば、一からやり直す形でいいから海に出たいと思ったこともあった。 過去夢見たオールブルーという海を、この目で見てみたかった。 そして、元通りと言うわけにはいかないだろうが、ゾロともう一度話し合いたかった。 ほんのちょっとだが、一緒に戦って、なんと心地良かったことか。 僅かの間だが、戦闘が好きと言うわけではないのだろうが、戦うことに酔うなんてことがあるのを知ってしまった。 しかし。 それもこれもすぐに過去のことになるのだろう。 この島に着いて生まれた新たな記憶とともに、新たな生活を改めて培っていくのだ。 この可憐な少女と共に・・・。 船はサンジと昔仲間だった彼らとの距離をどんどん広げていく。 目を細めて軽く笑った。 「もう帰ろう。遅くなってしまう・・・・。風邪をひいてしまうよ。」 サンジは黙ったまま隣で船を見つめている少女の肩に改めて手を掛けた。 が、先ほど同様、するりとサンジの手をすり抜けてしまう。 「マリア・・・?」 突然思い立ったように一歩一歩先へと進む。その先は断崖絶壁だ。 「マリア・・・、危ない。その先は崖だ。止まるんだ。」 サンジが慌ててマリアのところに駆け寄り、手を差し伸べる。 だが、その手に縋ることなくマリアはくるりとサンジを振り仰いだ。 「マリア!?」 それは一瞬のことだった。 か弱い少女にどうしてそんな力があったのだろうか。 サンジは不思議に思った。 どうして? どうして、マリア!? もう少しで崖に落ちてしまうだろう場所で、マリアはサンジを振り返ると、彼の伸ばした手を掴み、ぐいっと力強く引っ張った。 突如のことにサンジは対応することも出来ず。 え?と思うのも一瞬のことだというほどに素早く、サンジを崖の方向に振り払った。 予想外の出来事と、予想外の力に抵抗する暇もなく、サンジはマリアの手によって崖下へと引っ張り落とされてしまった。 「マリアッッ!!」 赤い空を背景に、マリアが微笑む姿をまるでスローモーションのように、サンジは崖下の海に落ちていきながら見つめていた。 |
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2007.02.08.