過去と今と未来と2−24
「サンジが海に落ちたぞっっ!!」 叫んだのは、見張り台で見ていたウソップで。 声と同時にバシャァンと水飛沫が飛ぶ音が近くまで響いた。 「海に落ちだぞ!急げ、サンジを助けるんだっっ!!」 慌てて叫んだ船長はそのまま海に飛び込む勢いで、ナミに「あんたは泳げないから!」と首根っこを掴まれた。 サンジが泳ぎが達者なのは誰もが知るところだが、今は普通に海に飛び込んだわけではない。 何十メートルもある高さから落とされたのだ。普通なら気絶してもおかしくない距離。ましてや海面には岩があちこちに突き出ている。落ち場所によっては岩に当たって死んでも不思議ではない場所だ。 それを・・・。 一体どうして? 遠めにも一部始終を見ていた海賊団の面々は、最初一体何が起こったのかわからないほどに出来事を呆然と眺めてしまった。 が、我に返り慌ててサンジの救出のために船を向ける。 「面舵一杯!チョッパー、私の指示に従って舵を切って!岩にぶつかったら大変よ、注意して!」 ナミは前方を見つめて進路を見極める。 夕日に照らされて赤く染まっている水面がまるでサンジの血のように見えて、顔を歪めた。 小回りの利くメリー号のおかげでサンジが落ちただろう位置の傍にすぐに移動することができた。 船を止めると同時にゾロが海に飛び込む。 ザバンッ 「ゾロッッ!!」 JJが叫ぶのも聞かず、いつの間にか刀を甲板に投げ落として海に飛び込んだゾロはそのまま浮かんでこなかった。 「ゾロッッ、ゾロォォッ!」 何度となくゾロの名前を叫ぶJJは、サンジのことよりもゾロのことが心配でならない。 海に落ちる云々とは別にしても、普通に潜っても危険な場所に変わりはないのだ。 岩肌に叩きつけられ大きく飛沫をあげる波。水面下でも流れが強いことがその勢いでわかる。 もちろん海底は、危険な岩などが彼らの身体を切り刻まんとばかりに突き出ているだろう。 なかなか顔を出さないゾロに誰もが焦れる。 「大丈夫かしら・・・。」 「ロビン・・・、見える?」 「だめよ、この勢いでは無理・・・。」 ロビンが心配そうに呟くのにナミが能力で様子を探ることを頼むが、あまりの勢いに水面下に目を咲かす事は出来ない。もともと海水には弱いのだ。陸上並にはよく見えないのだろう。みんなと同様に船上から見守るしかない。 ルフィはただ只管じっとゾロが飛び込んだ位置を見つめていた。 チョッパーやウソップはオロオロするばかり。 JJはゾロの名前を叫び続けていた。 どれくらいみんなして水面を睨んでいた事だろう。誰もがとても長い時間に思えた。 暫くすると、漸く見つめていた位置からちょっと離れた位置でぶはっと声が上がった。 「ゾロッ!!」 一番に叫んだのは、やはりJJか。 がっしりと手摺りを握り、乗り出して、咋にほっと胸を撫で下ろす。 浮かんだ緑の頭の横には黄色の頭も並んで浮かんできた。 「大丈夫か?ゾロっ!ケガはしていないか?サンジは?!」 医療道具をすぐに準備してチョッパーが声を掛ける。 「・・・・大丈夫だ。コックも・・・・気を失っているが、・・・・・ケガはないようだ。・・・・・とりあえず、上げてくれ。」 咳き込みながらも、答えるゾロにウソップがロープを用意する。 誰もが水面から出てきた顔にホッとしているところに、ルフィはふっと上から視線を感じた。いや、気が付いたのがルフィだけということだろうか。 パッと顔を上げた瞬間に崖からチラリと覗いた白い布が一瞬にして消える。 崖から落とした張本人も実はものすごく心配していたのだろう。 きっと二人が無事なのを見届けてから帰っていったのだろう。 二人が水面に姿を現したのを確認してから姿を消したようにルフィには見えた。 ウソップが落としたロープにまずはサンジを縛りつけて引き上げ、続いてゾロを引き上げて二人を救助するみんなを余所にルフィは暫くの間、崖上を見上げたまま動かなかった。 甲板に座り込み、深呼吸を繰り返すゾロを横にチョッパーは先にサンジを診る。 脈を測り、ケガがないか身体を一巡する。所々かすり傷程度の傷は見られたが、大きなケガはないようだ。気を失ってはいたが、特に頭をぶつけたという形跡もない。 奇跡だ、とホッと息を吐いて安堵する船医に誰もがよかったと笑顔を見せた。 「次はゾロだよ。診た所、ケガもないようだけど、確認したいから、身体を見せて。」 脈を測ろうと蹄を伸ばすチョッパーにゾロは「大丈夫だ」と顔を上げる。 「ダメだよ、ゾロ。ちゃんと医者のいうことを聞くんだ!」 こういう時は強いチョッパーにゾロも致し方ないと体を診てもらっていたら、すぐ傍で咳き込む音が聞こえた。 「サンジ・・・、気が付いた?」 すぐさまサンジの傍によるチョッパーにゴホゴホと咽ているサンジは頷いて返事をする。 「・・・・・一体・・・・。ここは、どこだ?」 サンジの疑問も当然だろう。 本人からすれば、突然の出来事に何が起こったのかわからないのも当たり前だ。全てが一瞬の出来事だった。 「あ・・・・・・、マリア・・・?彼女はどこだ!」 突然思い出したように回りをキョロキョロとするサンジに、離れて様子を見ていたルフィが一歩前に出た。 「マリアは帰ったよ。」 「帰った?」 訝しげに眉を寄せるサンジにルフィは腰を落として、目線を合わせる。 「病院に帰ったんだろう?もういない。」 「な・・・!」 バッと立ち上がろうとして失敗する。 「マリアはお前を俺達に返してくれたんだ・・・。」 サンジが海に落ちた時の慌てぶりはどこへやら、すっかりと落ち着いた船長の顔でルフィはサンジを見つめる。 「返すって・・・俺はモノじゃないぞ!」 「でも、マリアはお前に『海に出ろ』って言ったんだろう?」 「マリアはまだ正気じゃないんだ!そんなこと・・・・・!」 ルフィの言葉を否定しようとしてハッとする。 ・・・・・・・あれは。・・・・あの顔は・・・。あの言葉は・・・・・。 何度も「海」と連呼していた。「海」と。「行く・・・。」と。何度も何度も。 サンジはマリアが海が見たくて言っていた言葉だと信じて疑わなかったが、そうではなかったのだろうか。 マリアが海を見たいのではなくて、サンジが「海に行く」と言いたかったのだろうか。 ここに来たときにことを思い出して、口を手で覆う。 マリアにせがまれるようにしてここに来て、海を二人で見つめて、夕日に染まるこの船を見つけて・・・・。 そして。 崖から落ちる瞬間に見たマリアの顔が脳裏に蘇る。 何もかも諦めたようでいて、そうではない笑顔。 ルフィ達が来る前に、二人で買い物や、店の手伝いをしている時、一緒に食事を取っている時。「愛している」と伝えた時。 いつも嬉しそうに、そして優しくサンジを見つめていた笑顔。その時に見せた笑顔と同じだった。 座り込んで、ポツリと溢す。 「俺は崖から落ちながら見たんだ。マリアが話す言葉を。声にはならなかったが、彼女の笑顔が物語ってた・・・。マリアは、俺に海に出るように仕向けてくれたんだ。」 顔を両手で覆い隠し、項垂れる。 「今のマリアには俺を海へ発たせる方法があれしかなかったんだ。・・・・・だから、あんな形で外に出て、俺を崖から海へと・・・。」 サンジが濡れているのは、海に落ちたからだけではない、と誰もが思った。 「俺は彼女を守ることができなかったのに・・・。彼女の父親を奪う結果を作ってしまったのに・・・。彼女を一人ぼっちにしてしまったのに・・・・。それなのに、彼女は俺が海に出ることを許したんだ・・・。」 マリアのために島に残ろうとしたサンジ。サンジのために海へと連れ出したマリア。 結果としてサンジは海に出ることになるのだが、お互いを思う気持ちに誰もが心を打たれた。 危険な方法ではあったが。 結果、メリー号にサンジが乗ることとなった。 サンジが訴えれば、まだ島に戻ることはできなくもなかったが、それはマリアの気持ちを無駄にしてしまうのではないか。 いや、それだけではなく、自分達はサンジがまた共に旅をしてくれるということに喜びを覚えないわけがない。 今だ記憶が戻ったわけではないが、夢は追える。 料理も食べれる。 一緒に戦える。 それがどれだけ嬉しい事か。 それはサンジもきっと同様なのだろう。 サンジは一頻り黙って目を瞑っていたが、ふっきるように徐に顔を上げた。 「船長・・・・。俺をこの船に乗せてくれるか?」 サンジの言葉にルフィはニッとする。 「当たり前だ!お前はこの船のコックだ!!」 漸く出た言葉にルフィはあふれんばかりの笑顔で応えた。 その瞬間、歓喜の声をあげるウソップとチョッパー。 ナミやロビンも笑顔を彼に向ける。 当事者のサンジも漸く笑顔を晒す事ができた。 対称にゾロの横に座り彼の肩に添えていた手を振るわせる人物がいた。 その顔は誰にも見えないように俯いていたが、心の内は震える彼の手が物語っていた。 そしてゾロもふっきろうと思っていた矢先に戻ってきたサンジに、複雑な心境になる。 「チッ」と舌打ちすることさえ出来ない空気に眉をつり上げた。 そして新たな嵐が吹き荒れる予感がした。 「マリアさん、遅かったわね。サンジさんと海を見に行くって出かけてからなかなか帰らないから心配してたのよ。何かあったのかしら、って・・・。・・・あら、サンジさんは?」 病室に入ろうとした看護士に見つかり、声を掛けられたマリアは出かけた時の、先ほどの様子とはまったく違っていた。 「彼、もう、来ない・・・。」 そう一言だけ呟いて、ゆっくりと扉をあけた。 まだまだ動きはぎこちないが、それでも先ほどとはまるで別人のように見える。 「マリアさん・・・・。いつの間にこんなに回復したの・・・・。サンジさんが見たら、どんなに喜ぶか!あぁ、良かった!」 手を叩いて喜んでいる看護士は、それでも医療関係者の冷静さは忘れない。 「でも、また具合が悪くなったらいけないわ。とりあえず、ベッドへ・・・。今、先生を呼ぶから・・・。あぁ、サンジさん何処に言ったのかしら!」 いつも一緒にいるはずの人物を探してウロウロとする看護士にマリアは、まだ拙い言葉を発した。 「彼、行っちゃった・・・。」 見違えるほどの笑顔を見せるマリアに看護士は目を見張るが驚きと同様に心配になる。 笑顔を晒す彼女だが、その頬には幾筋かの涙が流れていた。 一体何があったのか、何が彼女を正気に戻したのか、彼女を喜ばせ悲しませているのは何なのか、サンジは何処へいったのか。 何一つ目の前にいる看護士にはわからなかったが、それでも回復の兆候を見せるマリアの様子に、彼女にとって悲しみだけでない何かがあったのだろうと察しられた。 ゆっくりとマリアの身体を支えて一緒に部屋に入る。 そっとベッドに入る彼女に微笑みを見せて、看護士は言った。 「話したいことがあったらいつでも聞くわ。悲しいことも嬉しいことも。だから、話したくなったらいつでも呼んでね?」 コクリと頷くマリアの目には哀しみだけでない何かが見え隠れしていた。 |
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2007.02.08.