膿 ー22ー
若林は話しながら伸ばしていた手でゆっくりと岬の頬を撫でた。 若林の自分を慈しむ言葉と仕草に、岬はゴツゴツしている若林の手の感触以上に気持ちよさそうに目を閉じているが、その奥底で考えているのは、先ほどの言葉にあった『若林にこれ以上迷惑を掛けられない』ということだろう。穏やかな表情の中にも眉間に多少の皺が寄っている。 今だ全てにおいて思いが通じ合ったとは言えないが、それでも若林には、岬が自分を巻き込まないように考えている事だけはわかった。 だが、だからといって、もう岬の言う通りにばかりはしていられない。 決めたのだ。 それがどんな結果になろうとも、岬を手放さないと決めたのだ。 最初は嫌悪を感じていたというのも本当だが、それが岬自身のことを嫌っていたものではない、と今では思う。 確かに岬に憎悪していたといっても過言ではない感情は抱いていた。が、それは岬に対してではなく、岬が行っていた行為に対してだ。目に見えぬ相手に湧き上がっていた嫉妬という感情からくるものだ。そして、何もできずにいる自分への怒り。 岬自身はずっとずっと苦しんでいたのだ。誰にも言わずに。 それを漸く表に出すことのできた岬を助けたい。岬と一緒に苦しみたい。岬を守りたい。優しくしてやりたい。 岬とともにありたい。 その為には、最初に言っていた岬と同じ位置にまで自分が落ちることが必要だと、若林は考えた。 若林には運転席と助手席のほんの少しの距離が遠く感じた。 グイッと身体を助手席に寄せる。ほんの僅かの隙間さえじれったい。 「わか・・・・ばやし・・・くん。」 よくよく見れば岬はバスローブのままだった。当然だ。今からそういった行為をしようとしていたところを連れ出しのだ。 隙間から見える岬の肌はピンク色に染まっていて、若林を待っているように見えた。 あいている手をそおっと柔らかい布の中に差し入れる。 とたんにビクリとピンクの肌が震えた。その動きに驚いた岬が、若林を突っぱねた。 「ダメ・・・だよ。若林くん!・・・・ダメだ!!」 「どうして・・・。」 「君は・・・・・・・君には、まっすぐにサッカーを・・・・してもらいたいんだ・・・・・。こんなことできみを穢したくない!僕できみを汚したくないんだ!!」 「一緒に落ちようって言ったのお前だろうが!」 「もう、いいんだ。君は綺麗なんだから・・・!!」 「みさき・・・。」 「だから・・・・。」 「汚れちゃいけない・・・・。」 岬が若林の言葉にぶんぶんと、首を振る。 若林には、岬の様がじれったかった。掴んでいる手に力が入る。 「お前だって汚れちゃいない。岬は綺麗だ。」 岬は思ってもいなかった若林の言葉にポロポロと岬が涙を溢す。 今日はとことん涙腺が緩んでいるな、と内心穏やかな笑みをもらす。 「ほら、こんなにも綺麗な瞳をしている。」 そう呟いて若林は岬の瞼にキスを送った。 そのまま、流れた涙を舐め取るごとく唇を落としていく。それでも岬の涙はその上から止まらず流れ落ちていく。 どうしたら岬を癒してやれるのだろうか、若林には分からなかった。 抱いて同じ所まで落ちればいいと思っても、今の岬はそんな若林の想いを拒否するだけ。岬が納得したら、と思ってもただただ首を横にふるだけだ。 だったら、もうこのまま本能のまま突き動くばかりだ。卑怯ではあるが、既成事実を作ってしまえば、岬だって若林を受け入れるしかないはずだ。 そして、同じ位置で今は慰めあうことしかできなくても、これから一緒に這い上がっていけばいい。 若林は、突っぱねたままになっていた岬の腕を取った。 「やめっ!!」 ダンッと勢いよく岬を押さえつける。 一度は消えたはずの炎が再び若林の中に燃え始めた。 岬は涙を流しながら震える身体を叱咤して全身で拒否をする。 「ダメだよっ、若林くんっっ!!・・・・・・やめてよっ!!お願いだから、ダメだからっっ!!」 首を振り、腕を振り上げて暴れる岬を若林は両手で押さえつけるだけで岬は身動きができない。 同じサッカー選手でも体格が一回り違うだけでこうも力量が違うのかと、己の力なさを岬は痛感した。 実際岬は、パワーで勝負するのではなく、技術が先行する選手なのだから腕力が他の者よりもないのは仕方が無いのかもしれないのだが・・・。 だったら本来の武器でと、脚を振り上げようとしても狭い車内に押さえつけられているため、それも出来ない。 岬は嫌だ嫌だを繰り返して若林の心に訴えるしかなかった。が、それも先ほどは有効だったのに、今度はそれも効き目がないようだった。 「後悔する!絶対後悔する!!」 「するもんか!言っただろうが、お前のところまで落ちてやる!」 やはり、辺りは暗闇が続くばかりだった。 |
HOME BACK 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9(R) 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 NEXT(R)
次回こそは・・・・。←またかよ!
2006.09.04.