過去と今と未来と3−24
気が付けば、いつも賑わっている時間帯も過ぎて夜もすっかり更け、辺りは静かになっていた。 サンジはポツポツと歩きながら先ほどのことを反芻する。 ポケットには老マスターから渡された、ここ数日の賃金の入った封筒が入っていた。 変わりに今まで入っていた煙草は店を出てすぐに捨てた。 金額は見ていないが、封筒の上から感じる感触では通常よりも割高に計算してくれただろうことがわかる。思わず封筒をギュッと握った。 当初の目的からすれば別にお金が欲しくて働いたわけではないし、老マスターからすれば手切れ金とでも言いたいような封筒の厚さに、封筒を床に叩きつけたかったが、それはできなかった。 老マスターなりにサンジを想いやってのことのお金だ。 とはいえ、やはり納得できるわけがない。 サンジが店を出る少し前。 老マスターが思い出したように、時計を見た。 「そろそろまた発作が始まるかもしれんの。あの娘のところへ行ったらどうじゃ?」 老マスターの言葉にイーゼルはコクリと頷いた。 「まぁ、お前さんも疲れてるじゃろう。あとで食事を持っていこう。儂の経験からすれば、発作は数時間おきに起きるじゃろう。その間、あの娘さんを抑えるのはとても大変じゃ。それが一年も続くとなればの・・・。兎も角、暫くの間は、発作の間々はお前さんも一緒に休むこった。確かに娘の面倒は見ると言ったがお前さんの生活の世話まではできんからの、それはお前さんがこの店で働くことでよければ、店で雇ってやるよ。ちょうど、この小僧が今日限りで店を辞めることになるからの・・・・。」 老マスターはカウンターから出てくると、ポンと肩を叩いてイーゼルを促した。 が、思い出したように言葉を付け足す。 「ただし、条件がある。今後、儂のすることには口を出さない!これが条件じゃ!!この条件が飲めんようじゃ、ここにお前さんとあの娘を置いておくことはできんの。いいか?」 改めて厳しい眼を向けられては、イーゼルは頷くしかない。マリアのことも考えれば、この老マスターが何かをしでかしたそうとしても何も言えない立場に甘んじることしかできないだろう。 イーゼルの態度に老マスターも納得したのか、確認するように頷くと立ち上がった。合わせて、イーゼルも同様に立ち上がり、老マスターについていく。先ほどの部屋へと戻るのだろう。 サンジは何も言えず、ただ憮然と二人を見つめることしかできなかった。 それに気が付いたのか、ふと老マスターがサンジに振り返った。 「お前さんは、・・・・・・もう二度とここへは来るんじゃないぞ。明日か明後日には出航じゃろう?お前さんとは今日限りじゃ。数日のことじゃが、お蔭さんで店の方が繁盛したよ。・・・・島を出たら、ここのことは全部忘れるんじゃぞ!」 先ほどの『クスリ』の売人の顔はもうすでに内に隠れ、今はただの人の良い飲み屋の店主に戻っている。 サンジはその人の良さそうな笑顔に先ほどまで食って掛かっていた勢いを削がれた。もちろん、理由はそれだけではなく、老マスターの言葉にあった『ログ』のことも原因ではあるが。 「こちらこそ・・・・世話になった・・・。ありがとな、じぃさん・・・。」 サンジにはそれだけしか言えなかったのである。 気が付けば、メリー号が目の前にあった。雲一つない綺麗な星空の中、波間に浮かぶ羊顔の船。 静かに届く波の音が耳に心地よく、また、目の前の船の愛らしさに顔が綻ぶ。 「あ・・・・・・ぁ。もう着いたのか・・・。」 ゆっくりと顔を上げると、甲板に人影が見えた。 「・・・・・・?」 目を凝らして見るとそれがゾロだということがすぐにわかった。 穏やかな気分になったのに。 なんとなく舌打してしまう。 「遅かったな・・・。」 ギシギシと縄梯子を上がるサンジに声を掛けた。 「あぁ、まぁな。」 サンジが甲板に上がるのを確認すると、「よし。」と頷いて、見張り台へと足を向けた。 「お前が今日、不寝番か?」 「あぁ。皆もう船に戻って寝ている。お前が最後だ。」 「そうか。」 そこで会話が途切れた。 会話が続かないのは仕方がないことなのだろう。一昔前だったら、もう少し気の利いた言葉も出てこようものを。 自分は今は昔の記憶がないことになっていて、仲間とはいえ彼はもう他人のものになっていて。 そっと口中でサンジは笑った。 それを知ってか知らずか、ゾロが思い出したように振り返った。 「そういや、ナミが言ってたぞ。」 「え?」 「明日、昼前には船を出すと。買い物忘れがありゃあ、朝一で済ませろってよ。」 明日が出航だとは頭ではわかっていたつもりだったが、わかっていなかったのだろう。いざ出航の時間を聞くと、改めてこの島を出ることを実感させられる。 「どうした?」 ただ驚いた顔を見せることしかできないサンジにゾロが心配気に戻ってくる。 「あ・・・・・・・ぁ、いや、・・・・・・そうだな・・・・・・明日・・・・出航・・・・。」 返事にならない返事しか返せない。 思いつめた顔をするサンジにゾロが首を傾げた。 「何かあったのか?」 気がつけば、見張台に向かったはずのゾロがサンジの真正面に位置していた。 ゾロの手の動きをサンジの目が追う。 それはまるでサンジを心配するあまり手を伸ばそうとしているようで。 まるで。 頬を撫でようとしているようで。 あぁ、この手の平に触れることが出来たなら。 サンジは目を瞑った。 いつもなら、何の迷いもなく、この手を払いのけることができるだろうに。 いつもなら、何事もなかったように振舞えるだろうに。 今はただ心が揺れていて。 いつもの強気な自分はどこへ行ってしまったのだろうか。 誰かに縋りつきたい気分に落ちそうだった。 それでも。 それでも、ダメなのだ。 彼に縋っては、いけないのだ。 サンジの気持ちを汲んだのか、宙に浮いたゾロの手も一旦は止まり、そのまま降ろされた。 「朝一にちょっとだけ・・・いいか?」 何をどう、とはいえなかったが、つい口にしてしまった。 「買い忘れた物でもあるのか?別に構わんが・・・・もし・・・・・出航時間に間に合わなければ・・・。」 「間に合わなければ・・?」 「置いていく。」 「・・・・置いていく・・・?」 サンジは正面のゾロを見つめた。 サンジの声が不安気に震える。 真面目な顔をした剣士はサンジの揺れる瞳に気が付いたが、あえて気づかない振りをした。 ゾロはクッと笑った。 「・・・・・・・・とでも言われると思ったのか?んなこたぁしねぇよ。ただ、怒ったナミは怖ぇぞ。暫くトイレ掃除が続くだけじゃすまねぇかもな・・・。」 肩を揺らして笑うゾロにサンジも釣られて笑った。 「そうだな・・・。ぷらす風呂掃除・・・だけでも済まされないかもな。」 一瞬見せた不安な顔は消えうせ、二人して笑った。 暫くして笑いが収まると、ゾロは見張台へ続く縄梯子に手を掛けた。 後姿のままゾロは今度は改めて固い声で伝える。 「手が必要なら言え。」 どんな顔をして言っているのかはわからなかったが、その声はぶっきらぼうでもサンジには暖かく聞こえた。 「あぁ・・・。ありがとよ。でも・・・・・・・大丈夫だ。お前は、・・・・・・・・JJの傍にいればいい。」 「わかった。」 即答はできなくとも、サンジの言葉に納得はしたのか、ゾロはそのまま見張台へと上がっていった。 ラウンジの方へと顔を向けると丸窓から明かりが煌々としていのが見えた。 きっと今夜の見張りのゾロのためにJJが夜食を作っているのだろうか。 二人のやりとりは届かなくとも、きっとゾロとサンジが一緒にいるのは空気でわかってるはずだ。 しかし、今までだったら二人一緒にいるだけで心配になって飛んでくるのが今日はなかった。不安よりもゾロを信頼することを覚えたのだろう。 幸せ・・・・なんだよな、二人とも。 ロイとのことを、『煙草』のことを、もう終わりにして欲しいと言い出したのは自分だ。 ならば、その言葉通り、これ以上、『煙草』のことで皆に迷惑を掛けるわけにはいかない。 ましてやゾロやJJには。 シャワーで今日の出来事を流したかったが、すでに就寝している女性陣を起こしてはいけない。 「寝るか・・・。」 そのままサンジは男部屋へと向かった。 部屋への扉を開けただけで、大きな鼾が疲れたサンジを襲ってくる。が、穏やかな連中の寝顔を見ると怒る気も失せてくる。 軽く笑うと、サンジは梯子を下りた。そのまま自分のハンモックへと潜った。 明日、昼前には出航。 その時間帯までにはどう足掻いても全てが片付くとは思えない。 遅刻は覚悟の上としても、一日は絶対に掛かるだろう。 いや、老マスターが相手の正体を知っていようとも、まだ本拠地すらわかていないのに。 本来なら一日で全ての片が付くとは思えないが、それが自分のできる限界だ。 それでも。 例え僅かでも自分の出来る事があるのならば・・・。 やはり、このままこの島を出ることはできない。 サンジは眠れない夜を過した。 次の日の朝。 朝食も出来上がり、それぞれ起き出した面々にナミが首を傾げる。 「サンジくん・・・・って夕べ帰って来なかったの?珍しいわね、朝、起きてこないなんて・・・。」 「朝食なら僕一人でも問題ないよ。」 最近は少しずつだがサンジにも料理の分担を増やしていって。いつもなら朝食の準備には、JJ同様、サンジもラウンジにいるはずなのだが、それがいない。 今朝はJJが一人で準備をしたようだが、やはりサンジが来なかったことに多少なりとも不服があるようだ。言葉に刺があった。 「いや、夕べ帰ってきたぞ。」 眠そうに欠伸を噛み殺すゾロにウソップが言葉を返す。 「でも、さっき起きた時にはハンモック、空だったぞ。」 「洗面所じゃねぇのか?」 「俺、今、顔洗ってきたけど、見なかったぞ?」 ルフィが首を傾げる。 それを見て、そういえば、とゾロが再び口を開いた。 「夕べ帰って来た時、なんか朝一に用があるようなこと言ってたぞ。」 「何の用事?ちゃんと出航のこと、話したんでしょうね。出航までには帰ってくるんでしょうね!」 「さぁ?」 「って、そういえば、アンタ夕べ不寝番だったでしょうが!サンジくんが船を出たの知らなかったの?」 「あ〜〜〜〜〜。寝てたかも・・・・。」 何食わぬ顔でポロリとサボりを継げるゾロにナミは頭を抱えた。 「ったくもう・・・不寝番の意味がないじゃない。・・・・・まぁ、いいわ。出航時間までに帰って来てくれれば・・。」 ナミのため息と同時に朝食が始まった。 しかし。 結局、出航の時間になってもサンジは帰って来なかった。 |
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2008.04.20.
一ヶ月ぶりの更新。・・・・最近、ダメだなぁ、私。