過去と今と未来と3−26




「昨日来たのは、ここじゃろう?」

迷うことなく辿り着いた先は、確かにサンジが昨日イーゼルの後をつけて来た廃墟だった。
老マスターが言うには、ここは過去、マゴット海賊団のアジトだったという。

「とはいえ、海からは離れているからのぉ、あくまでこの街とを繋ぐ拠点ってところじゃ。」
「なるほどね・・・・。」

イーゼルとマリアを残して部屋を出て行く間際に言っていたセリフに拠れば、彼らとの接点はここに違いはない。ということはたぶん老マスターの読み通りだろう。
しかし、過去のことを考えれば、同じアジトを使うのは如何なものかとサンジは思う。

「奴らもわかっておるんじゃよ、儂らのことを・・・。だからこそ、ここを使ったんじゃろう。」
「奴らもじぃさんと接点を持ちたがってるってわけか・・・。」

だったら自分辰は堂々と入ればいい。

最初は忍び込むように建物に入ろうとしたが、それもバカらしくなった。
バタンと大きな音を響かせて、サンジは昨日イーゼルが入った扉を開けた。
やはりというべきか、予想通りというべきか、大きな男が扉の音を聞きつけて慌ててやって来た。

「なんだ?てめぇら・・・・。」

背が高く、腹がでっぷりとしている。頭は禿げ、腰には大振りな刀をぶら下げていた。いかにもな、風貌と体格。
サンジは思わず笑ってしまった。それを見て、大男は「あ"ぁ"?」と咋に不機嫌な顔を作る。

「昨日の奴とは違うな?今日はお前さんがここの当番か?」

ポケットに手を入れて、サンジはごくごく普通に話しかける。自分の様相に恐れもなく、まるで世間話でもするように気さくに話しかける優男に大男は声を低めた。

「何の用だ?」

ドスの効いた声は自分でも効果があるとでも思っているのか、厭らしげな笑いを見せる。
が、生憎、そんな脅しには眉一つ動かない目の前の優男に大男の顔が怒りよりも不思議な顔をした。

「もしかして、おめぇ、『クスリ』を買いに来たのか?」
「だったらどうするんだ?」

別に『クスリ』を買うつもりなどまったくないが、まぁいいだろう、と笑いながら答えた。

「だったら話は別だ・・・。こっちに来い。」

それが客に対する態度か?と思わず突っ込みたくなるが、そこは海賊。客よりも自分達の方が立場が上なのだろう。
別に客だと、ハッキリ示したわけではないが、目的は大して変わらない。
サンジが老マスターを振り返り、肩を竦めると、老マスターもふぅと息を吐いた。そのまま大男の後ろへついていった。



昨日上がったのと同じ階段を上がる。

「おい。その二人は客じゃねぇ・・・。こっちへ通せ。」

通りざまに閉ざされた部屋から声が掛かり、案内係となった大男は「へ?」と怪訝そうな顔をしながらも言われた通り、声のあった昨日とは違う部屋へと二人と二人を通した。
ギィと耳障りな音を立てて開けられた扉は、使われていない部屋だったからか、中から埃が外へ舞い上がった。
あまりの埃にごほっごほっと咳をし、目を細める。

「あぁ、悪い。この部屋は掃除がまだなんだよ。」

中から悪びれることなく掛けられた声に老マスターの顔が上がった。
そのまま静かに部屋の中に足を入れる。サンジも扉が開かれた途端変わった空気に気が付いたが、何も言わず、老マスターについて部屋に入った。
案内をした大男は状況がよく飲み込めないままに、入り口を塞ぐように部屋に入った二人と扉の間に立った。そもそも老マスターを見ても何も反応が無いところを見るとまだ最近加わった者かもしれない。

中に居た男は、最初から老マスターとサンジの訪問も目的も分かっていたいたかのような顔をした。

「久し振りだな・・・20年ぶりか・・・?・・・・・・てめぇも、もうヨボヨボのじぃさんだな・・・。」

ヒッヒッヒッと甲高い笑い声が耳に痛い。
サンジは顔を顰めたが、老マスターは真正面を見つめたままだ。
中の男の態度に入り口を塞いだ大男は何かを納得したらしく、「あぁ・・。」と声に出して、そのままその場に居座る。
厭らしい笑いを溢す男は部屋の真ん中に位置された古ぼけたソファに腰掛けていた。足はテーブルに掛けて組んでおり、ソファには大きく仰け反るほどに反り返って座っている。足を組み換えた動きに白くなった古いソファが埃を立てるがわざとのように見えた。
新たに部屋に舞い上がる埃も気にならないらしく、ソファに座った男も、老マスターに目を向けたままだ。
座っている為、正確な高さはわからないが、耳障りな高い声音に比例して長身のようだ。服装も、何束にも結われた縮れ髪も一見して海賊とわかる男だった。ただ、身体の線も細く、単純に見ればサンジと同様優男に見えるが、そうではないと腰にぶら下げている銃が訴えている。これがこの男の獲物かと判断できた。
が、ただ単なる銃でないのが気に掛かる。銃身が普通のモノとは比べ物にならなほど長くできており、特注物のようだ。それだけで男の銃の腕前も予想できた。

「この建物もよく残っていたよなぁ〜。なぁ、 オセよ。」

ソファの座っている男が呼んだのは老マスターの名前なのだろう。老マスターが嫌そうに顔を背けた。サンジは隣に立ったままチラリと年老いた男を横目で見た。

「わしはもうその名を捨てておる。今はしがないただの飲み屋の店主じゃ・・・。」
「何を言う。今も昔も、お前さんほどの研究者はおらん。今だってりっぱに『クスリ』を開発しているじゃねぇか。」

ありがてぇありがてぇとソファに座る男が笑った。やはりこの男もまた20年前に老マスターを地獄のどん底に突き落とした海賊団の一人なのだろう。

「20年前、お前さんが海軍に通報してくれたお陰で俺達ぁ、苦労したんだぜ?あれからずっと大っぴらに暴れまわることもできずにひっそりと逃げ回ってたんだ。そりゃあ、悲惨な20年だったぜ?」

淡々と話す男の顔も見れずに背けている老マスターの顔が苦悩に満ちている。握った拳が震えていることで、それだけ彼らに対する憎しみが強いとわかる。対して、彼らもまた海軍に通報した老マスターを恨んでいるのだろう。もちろん、それは逆恨みに他ならないが。

「だが、それも今回の件で帳消しにしてやってもいい、とお頭は言っている。」
「帳消し・・・・?一方的じゃな。」

意外な言葉に老マスターは正面を見つめた。しかし、冷静に話しているように見えてもその声までもが震えていた。サンジはただ、静かに話の成り行きを聞いている。

「一方的とは、偉そうに言うじゃねぇか?いつの間にそんな偉そうな口を利けるようになったんだ、あぁ?」
「当たり前じゃ・・・・。儂はもう、お前さんらの言う事を聞く義務はないんじゃ。昔とは違うよ・・・。」

老マスターの今度は真っ直ぐ逸らさない目を見て、ソファの男は改めて軽く笑うと立ち上がった。

「なるほどね・・・今はもうアリエルはいねぇしな・・・。お前さんを縛るものは何も無いってわけだ・・・。」

ニヤニヤと厭らしげに笑う男の言葉に老マスターは一段と険しい顔をする。アリエルというのが、きっと老マスターが言っていた娘のことだろう、とサンジにはすぐにわかった。
隣で話を聞いているだけで、沸々と怒りが込み上げてくる。思わず足を出したくなるのを、当の老マスターが耐えているのだから、と拳を強く握り締めることで怒りを抑えた。
様子から察するにただの下っ端とは思えなかった。男の放つ空気はかなりの手練であることをサンジに伝えていた。サンジが倒したとして、簡単に船長の居場所を割るようには見えない。しかも、入り口の大男の他にも、他の部屋からも気配を感じる。どちらにしても、この男を倒しただけではマゴットには辿り着けないであろう事が察しられた。もし、この男を倒したとしても、その間に他の者が船長であるマゴットのところへ駆けつけ、逃げられてしまう可能性は大だ。
今は兎も角、怒りを抑え、敵の頂点に辿り着くまで耐えるしかない。
そう判断して、サンジは只管沈黙を守った。

「ま、どうせすぐにお前さんの方から尻尾を振ってくるようにしてやるさ。」
「儂はもう何も失うもんはありゃせん。無駄じゃ。」

男は、「ふん。」と鼻を鳴らして、改めてソファに座りなおした。

「まぁ、今はお前さんの言う通り、対等な立場で取引をしようじゃねぇか・・・。」

そのまま、話を続けようとして、「そういやぁ・・・。」と改めて今気が付いたようにサンジに目をやった。

「オセ。そういやぁ、さっきからお前さんの隣にいる小僧は何だ?お前さんの用心棒か何かか?・・・・っと、そんなわけねぇか。用心棒のわりにゃあ、ずい分と優男だよな。」

ずっと黙ったままだったサンジに声を掛ける。

「おい、小僧。お前さんは一体何者だ?単なる年寄りの介護人ちゅうわけじゃねぇだろう?」
「こいつはただの儂の店の従業員じゃ。」

老マスターがサンジの変わりに答える。

「何だ、そりゃ?ただの従業員がこんな所に付いてくるか?それとも、何か?お前さんには娘だけじゃなく、息子もいたのか?」
「じぃさんが言ったろ?ただの店の従業員だ・・。」

ぶっきら棒に答えるサンジに男は眉を上げた。

「・・・・・・。それにしちゃあ・・・・・・・お前・・・。どこかで見たことあるような気がするが・・・・。」

何かを思い出そうと、顎に手をあてて考えている。

隙が出来た。

咄嗟に動こうとしたサンジを男の口から出た名前をその場に縫いとめた。

「ロイ・・・・。」
「え?」

男はサンジを見つめて呟いた。

「そういやぁ・・・お前・・・・ロイの女じゃねぇのか?」

突然言われた言葉に思わず足が出た。


怒りに任せた蹴りだったために狙いが狂い、男の頬を掠める。
男はひゅ〜と口笛を吹いた。がそれは、ただ単にごまかしでしかない。優男だと思っていた男に鋭い蹴りを放たれて内心驚いているのは、その瞳が揺らいでいるのがなによりの証拠だ。
だが、男は怯んだ様子を見せまいと虚勢を張った。

「なるほどね・・・。ロイの差し金か?」
「どういうことだ?」

男の推理がどういったものになったのかはわからないが、ここでロイの名前が出てくるとは思わなかったサンジは、先ほど湧いた怒りが疑問で消し飛んだ。

「お前さんを見る限りじゃ、クスリが効いているようには見えんが・・・・。こっちこそ、「どういうことだ?」だ?」
「先にお前が説明しろよ。ロイとはどういう関係だ?」
「何も聞いていないのか?だったらてめぇの目的は何だ?」
「答えろ!」
「まぁいい・・・。ロイは最初の俺達の獲物だよ。」

男は嘲笑った。

「獲物?」

というのは、イーゼルのようにこの海賊に騙されてじぃさんから『クスリ』を買おうとしたということか。
ということは、もしかしたらサンジもロイによって『クスリ』漬けになり、下手をすればイーゼルの思い人、マリアのようになっていたのかもしれない、ということか。

もしかして、ロイはこの男達に騙されていたのか。

サンジは身体が震えるのを止められなかった。

「残念なことにロイが行方不明になっちまってたが、まさか、ここでロイに辿り着けるとは思いも拠らなかったぜ?あいつはどこにいる?」
「ロイは死んだよ・・・。嵐にあってな・・。」

低い声音でサンジは答えた。
男の目が見開く。

「なんだと!?・・・・だからなのか・・・・ロイが来なかったのは・・・。」
「ロイとはどういう約束だったんだ?」

サンジは更に問いただす。男が素直に答えるとは思えなかったが聞かずにはいられなかった。

「お前・・・・・確かサンジって名前だったな・・・。目的と経過はどうあれ、まぁ、どうせ俺達のモノになるんだ。説明してやってもいいか・・・。」
「どうして俺の名前を知ってるんだ?」

ニヤニヤと笑う男を前に疑問が募っていくばかりだ。

「そりゃあ恋に悩んでいたロイを救ったのは俺だぜ?」

頬杖をついて、男は口端を上げて悪い顔で笑った。






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2008.06.05.




ひっぱるなぁ、私・・・。すみません。