ー25ー




岬と結ばれてから、若林はなお熱心に、そして、一層真剣にサッカーに力を入れた。
と、同時に、それ以外にも岬を捕らえて離さない組織を改めて調べてみた。
確たる証拠はないが、ただ事由だけをみれば組織が関与していると疑える事件や事故が自分が舞台としている国でも、そしてその隣の国でも、辺り一体同様の出来事が見受けられた。
そうそうの数ではないが、うやむやのうちに終わっている事件もあった。
自然といえば自然ではあるが、一歩見方を変えれば不自然と捕らえてもおかしくない事故もあった。

「ヨーロッパのサッカー界は犯されているのか。いや、世界規模だな、こりゃ・・・。」

たまたま日本はサッカー途上国としての認識が今だ薄れていないようで、然程そういった事件事故がなかっただけだろう。
あくまで仮定にすぎないが・・・。
しかしながら、そういった事件事故は若林の推測の域を出ず、またどんなに調べても組織の名前すらわからなかった。
すっかりお手上げ状態だ。
一介のサッカー選手が調べられるのは限られているし、プロが調べてもそうそう尻尾が掴めないほどの規模と管理体制の下に動いているは想像するまでもない。
あとは、以前、事件や事故を起こした関係者から聞くしかないが、それも話をしてくれるかどうか・・・。
事件を起こした後、サッカー界から追放されてすでに組織と関係がなくなっただろうと思われる選手でさえ、その後のあらゆる追跡調査にも口を割っていないことだけは、調べていてわかった。金で動いているというよりは、何か大きな弱みを握られていると読んだ方が妥当だろう。

と、岬のことを思い出した。








あの時、帰宅した頃を見計らって岬から電話があったが、その時は大丈夫を繰り返すばかりだった。

「若林くん元気?大丈夫?何もない?辺りに変な人とか、怪しい人とかいない?」
「俺の心配はいらない、大丈夫だ。それより、お前の方はどうだ?」
「僕は大丈夫だよ。何もないよ。こうして電話してるだろう?」
「だったら、いいが。お前、そ・・・」
「じゃあ、また電話するよ。これからすぐ出かけるんだ。コーチに呼ばれてて・・・。」
「それは、お前!」
「大丈夫だよ。明後日遠征試合があるから、その準備もしなきゃ!じゃっ。」
「おい、岬。」
「大丈夫だから・・・ね。」
「待てよ、岬。」
「また、電話するよ。」

大して話も出来ずに一方的に切れてしまった。
「大丈夫。」と言って、若林に何も言わせないのは、電話が誰かに聞かれているからか、と勘繰りたくなった。
それは向こうからすれば当然のことなのだろう。
それでも岬が「また電話する」と言ってくれたのは、若林にとって救いだった。
それは、岬とはたった一度だけではなく、これからも繋がりが続いていくことを意味しているのだから。
















あれから何度となく岬から電話はあるが、どれもこれも組織とは関係のない、ごくごく普通のサッカー仲間としての会話しかない。
岬から何か聞き出そうとするが、組織に関係する話をしようとした段階で、いつも岬は慌てて話を逸らす。
若林も電話を経由している関係で岬の直接の表情や様子がいまいちわからないため、無理することなく岬の話に合わせた。
電話の向こうにもしかして誰かが聞き耳を立てているのかもしれない。

やはり、直接話をするしかない、と若林は考えた。
それでなくとも、ただ純粋に、岬に会いたいとも思ったこともあるのだが。


心と身体が結ばれて、お互いを思いやることができるようになったような気がしたのはあの時だけだろうか。
結局、若林は、考えていたように岬に触れる者を跳ね除けることもできずにいて。気持ちの上では変化はあったにしても状況は何も変わっていない。
岬だって、あれからも引き続き”仕事”をしているのだろう。考えたくは無いが、電話も、その合間を縫ってしているのかもしれない。
もしかしたらそれだけではないのかもしれない。
口にしないだけで、実はあの夜の小火騒ぎのことがばれて、もっと酷い扱いを受けているのかもしれない。

そう考えると、若林は鳥肌が立つほどにザワザワと胸騒ぎが止まらない。
時々連絡を貰えるから、すぐに命の危険に曝されるようなことはないだろうが、このままではいけない。
何とかして会う口実を作り、岬ともう一度話をしようと考えた。しなければいけないと思った。



どう口実を作ろうか。
普通の友人として会うことだって構わないだろう。

何もわざわざ説得力のいる理由がなくても会えばいいのだ。普通に考えても同じサッカー仲間で、友人だ。若林にとっては、ただの友人ではなく、大切な大切な人なのだが。
岬は今だ若林を巻き込みたくないと、電話での話でさえしようとしないのだが、若林の方としては巻き込まれるのはすでに覚悟の上なのだ。
一度、こちらに呼ぶのでもいいのではないか、と思う。
ごくごく普通に遊びに来ないか、と。ごく普通の友人からの遊びの誘いなら、組織も『NO』を言わないだろう。もちろん若林の存在がばれていなければの話だが。
それに岬が拒否をしたら、また強引にでも会いにいけばいい。

そう結論つけて、携帯を手にすると突然着信音が手に響いた。
まだ昼日中なので、時間的にも別段驚くほどはないが、若林と電話でやりとりするのは大概決まった人間だけだ。
誰からか、とディスプレイを覗き込めば、意外でもあり、また当然でもあるサッカー仲間の翼からだった。
一瞬、岬かと喜んだが、そうそう若林の思うようにはいかない。が、別段がっかりするほどのことでもなかった。
元々、前から翼とはよく会ったり電話をしたりしていたのだ。そうして仲間として、友人としての付き合いは長い。
岬ともこうやって自然にやりとりできれば、と想像して思わず顔が綻んだ。

「もしもし。」
「どうした、翼?」
「若林くん、久しぶりだね。」
「そうだな。」
「今、いい?」
「あぁ、今日は練習は午前中だけだから、今はのんびりしている。構わないぜ。」

電話の向こうの声が言うとおり、確かに翼とは久しぶりだった。

「急だけどさ、明日、そっちに行っていい?」
「また、急だなぁ?まぁ、明日は試合もないから別にいいが、そっちのリーグの方はいいのか?」
「うん、ちょっと時間が出来たんだ。」

翼がいる国ではいくつかの国際試合が組まれている関係でリーグの方の日程に多少調整が入ったという。
折角なので、久しぶりに皆に会いたいというのだ。もちろん、日本にまで飛ぶ時間はさすがにないので、ヨーロッパにいるメンバーだけなのだが。

「またえらく急だな。」
「ほんと、突然思いついたんだ、迷惑かな?」

翼曰く、日向や葵などにも声を掛けているのだと言う。
皆が皆都合よく来れるとは思わないが、偶にはそれもいいか、と若林は笑った。
と、ふ、と思い出す。

「いいが、岬もついでに引っ張ってこれないか?」
「岬くん?」
「あぁ、あいつとも久しぶりだ。」

ほんのちょっぴり嘘をついた。
が、そんなことは知らない翼は携帯の向こうで「そうだね」、と喜んだ。

「そうだね、いいね。岬くん、ちょっと前まで調子悪いって聞いていたけど、最近、調子戻ったみたいだし。声、掛けてみようか。」

翼の明るい声に、こいつなら大丈夫だ、と若林は思った。
岬も翼には弱い。しかも、翼は、まったく何も知らないので、反って組織からもチェックされないだろう。
本当は二人きりで会いたかったが、それはそれで岬がこちらに来たら時間を作ればいい。
とにもかくにも会わなければ話にならない。
ありがたいことに翼も乗り気だ。

「じゃあ、岬くんに声を掛けて、そっちに行く途中で連れてくるよ。それじゃあ、早速岬くんに電話しなきゃ!明日の午後には着くと思うから!!」

用件のみですぐに電話を切る翼に相変わらずと笑ってしまう。
いつでもどこでも、皆を明るい太陽の元へ連れ出してくれるサッカーの天才児。
彼がいれば岬も笑顔を見せてくれるころだろう。
そして、たくさんはないだろうが時間を作ってもう一度、きちんと組織について話をしよう。岬が拒否しても、何度も何度も説得しよう。何とかして、組織に対抗する術を見つけよう。
今だ組織に対して何も抵抗する方法が見つけられない、それどころか組織についての情報がない若林には、岬から少しでも情報が得られれば多少は何かしら抵抗する方法が考えられるのでは、と思った。

明日・・・だな。


若林は自分から電話したいのを耐えて何度となく弄っていた携帯を机の上に置いた。
横には、飲もうと思い作ったままの、結局考えこんでそのままになっていたアイスコーヒーが置かれたままだった。
汗を流しているグラスからは、カランと氷が音を鳴らした。






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このペースがいつまで続くだろう・・・。(あわわ)

2006.09.19.