ー27ー




酒も入ったせいか、翼はぐっすりと夢の中らしい。あまり大きくない鼾が妙にかわいらしく思える。

若林はソファに突っ伏して寝ている翼を横目にチビチビとワインを飲んでいた。岬が手土産に持ってきたフランスボルドー産のものだが、実は地元と言うべきドイツ産のものよりも若林は気に入っている。
窓から入る風が心地よい温度でグラスを傾ける若林の頬を撫でていく。
テーブルの上はすでに粗方片付けられ、今だ置かれているグラスの他に皿の上に2・3切しか残っていないチーズ類と、大人になってもあまり好かれないのか、サラダが残っているだけだった。煮物類は、翼のリクエストと若林が最近食べていないとのことで結構な量を作ったが、全て綺麗に食された。
結局、あのあと話が変わり、スーパーで買い物をして、岬が料理を作ることになった。二人とも岬の料理は初めてではないが、場所が場所ということもあるのだろう、何度となく「美味しい」を連発した。
作るのは久しぶりだと言う岬も二人の食の旺盛さには思わず作った甲斐がある、と喜んだ。
その岬は、先ほどから、いつの間にやら使い慣れた感でキッチンで洗い物をしていた。カチャカチャと少し離れた位置から聞こえる皿の擦れる音が心地良い。
奥さんを貰ったら、こんな風に穏やかな食後を過せるんだろうな、と頭の隅で想像してみる。
・・・あぁ、翼の所はすでにこんな感じで夜を過しているのだろう。と幸福な瞬間とその現実を思い、僅かに頭を振って自分の現実に返る。

奥さんだなんて、何を言っているんだ、俺は。
幸せな家庭を築きながら世界一流のサッカー選手として、これからも突き進んでいくのは翼がしている。
俺が望んでいることではない。
それよりも、岬を不幸の底から救い上げのが、先ではないか。
そして穏やかな夜を一緒に過すのは、まだ顔も知らない未来の奥さんではなくて、愛しい岬なのだ。
今は、ほんの一瞬だがそれを味わうことができたのだが、それはたった今この瞬間だけで・・・。
実際は・・・。

そう考えて思わず若林がガバリとグラスを煽って机に叩きつける勢いで置くと、そっと横から手が差し伸べられた。
いつの間にか岬が横に位置していた。
ずっと水を弄っていたからか、それともすでに暑さの引いた夜だからか、その手はほんの少しだが、若林には冷たく感じられた。

「翼くんが、起きちゃうよ・・・。ねぇ、若林くん、何か掛けてあげれるものない?寒いほどじゃないと思うけど、翼くん、このままだと、風邪引いちゃうよ。」

穏やかな声音で囁くように訴えるのは、翼が起きないようにとの配慮か。
これもいつの間にやら岬が動かしたのか、ほんの少しの隙間を残して閉められた窓からはそよ風程度の風量になっていた。

「あぁ・・・・・。こっちに薄手の布団がある。」

若林は立ち上がると布団のあるという部屋へ向かうべくリビングから出ようとした。
それに岬が自分も付いて行くと云わんばかりに後から付いて行く。やはり翼に配慮して足音を忍ばせる。

玄関横に戻り二階へ続く階段を上り、突き当たりの部屋へと岬を促した。

カタンとクローゼットを開け、ゴソゴソと布団を取り出す。

「確か、この奥にあったがなぁ〜〜。」

声は呑気に、仕草は荒く。
若林は酔いがまわっているのだろうと、岬には思えた。
思わず潜んで笑ってしまう。

最近は使っていなかったのか、クローゼットの奥へ身体を突っ込んでゴソゴソした。
暫くすると、「やっとあった。」の声と共に若林が振り返る。と、同時に若林の頭に、ポスンと何かが落ちた。そのまま頭の上に乗っかる形で止まったそれは、枕だった。

「あぁ、丁度いい。枕もあった。」

枕なので痛くはないだろうが、そのちょっと間抜けにも思える仕草に笑いを呼び起こすのには無視をした。
ごまかしとばかりに呟きながら、岬に頭の上の枕を手渡そうとして若林はドキリとする。
岬は若林を見て、本当に幸せそうに微笑んでいる。
先ほどの自分の中の言葉を思い出す。


岬と、幸せに時を過したい。
奥さんではないけれど、毎日、岬の手料理を食べて、穏やかな時間を過ごし。
もちろんサッカーはずっと一緒に続けるんだ。
休日には、こうやって時々翼達が訪れて、一緒に酒を飲んで、寝てしまったら寒いだろうと布団を出してやり。

そして・・・。


そして、自分達だけ、この部屋のベッドで・・・。



中味が飛び出してしまいそうなほど枕を強く握り締めた。
手渡されるはずの枕を握り締めたままの若林に、岬の眉が胡散気に上がる。


翼に貸すはずの枕も薄布団も投げ出され。


気が付けば、岬は若林にきつく抱きしめられていた。


「わ・・・・・若林・・・・くんっ!」

突然の若林の行動に、岬は慌てて若林の服を握り締める。が、拒否をするつもりはないらしい。

「暫く、こうしていたい・・・。」

ポツリと呟いた若林は岬の肩に顔を埋め、固く抱きしめたままで表情はわからなかったが、その声は普段の若林からは想像もできないほど弱いものだった。
岬はそっと若林の背中に腕を回した。

岬がフランスに帰る限りは訪れない穏やかな生活。
現実を考えれば、迎えることのない穏やかな時間。
望んでも望んでも掴むことの出来ない幸せ。
どうしたら掴むことができる??
組織のことは今だ何もわからないままだ。
岬を助けるといいながら、何もしてやれない。
このまま一時の仮初の時間だけで満足して、本当の幸せを手にすることはできないのだろうか。

若林はギュッと目を瞑った。


このまま泣くことができたなら、どんなにか楽だろう。


そんな事を頭を掠めたが、若林は岬を助けると、支えると言った手前、涙を見せることはできなかった。元より大の大人の男なのだ。プライドもある。

しかし、若林の様子を察したのか、岬が優しく若林の肩を撫で摩った。


あぁ、岬の方が辛いのに。
俺の方が岬に慰めれれてどうする。
岬を抱いたあの時に覚悟を決めたはずなのに。
もっと強く強くならないと。

若林がそっと顔を上げると、岬の慈愛に満ちた笑顔が目に入った。

「若林くん・・・・・・。僕は君の気持ちだけで幸せだよ。大丈夫、それだけで僕は幸せなんだ。」

そっと囁くように零れたセリフは何よりも若林を幸福にした。

ゆっくりとお互いの顔が近づき。
ゆっくりとお互いの唇が重ねられた。

そっと啄ばむような口付けを繰り返しながら、会話を続ける。

「まだ、してるんだろう?あの仕事・・・。」
「う・・・ん、ごめんね。」
「謝るのは俺の方だ。口先ばかりで、何もしてやれない。」
「さっきも言ったろう?君の気持ちだけで僕は幸せだよ。」
「岬・・・・。」
「何・・・?」
「抱いていいか・・・?」
「・・・・穢れているよ、この身体は・・・。あの時だけで充分分かっただろう?」
「そんなことはない。綺麗だ、岬は・・・。」
「若林くん・・・。」
「体も心も綺麗だ・・・。」

ほらっ

ほんの少し下げたシャツの下から覗いた肌は白く透き通り、カーテンの引かれていない窓から入ってくる月の光に照らされて光っていた。
そのまま若林は白く輝く肌に唇を落とす。

「んっ・・・。」

何度となく男達に抱かれているだろう身体はそれでも、若林には美しく見えた。
若林の愛撫に仰け反って露わになる胸元にさらなる欲が溢れ出す。
さきほどまで頭の中で思い描いていた純真な生活とは表裏の欲が湧き上がるが、若林はこうやって肌を重ねることだってお互いの幸せを味わう一つだと屁理屈を並べる。

「わか・・・・ばやし・・・・く・・・ん。」

されるがままではなく、岬の方も若林を求めだし、お互いの身体を摩り上げる。
身体を絡ませながら、後にあった普段若林が使っているだろうベッドに倒れこんだ。よくスプリングが効いていて何度となく弾む体に、勢いをつけてさらに密着させる。
若林の腰に脚を絡めて激しく口づけた。

「・・・んん・・・・・ぅんっ・・・。」
「みさ・・・・・き・・・っ。」

はぁはぁと息が荒くなり、着ている服をもどかしく感じだす。
どちらともなくお互いのズポンのジッパーを下ろし、お互いの熱の篭りだした塊に手を伸ばした。

早くもクチュクチュと粘質音が耳に糸を引いて届いてくる。
二人ともあっけなく上り詰めていった。
昂っていく気持ちが先走る。それでも、岬を傷つけたくなくて若林は後蕾を丁寧に解していった。
やはり仕事柄か、容易にそこが受け入れる体制になっていった。

「・・・・・い・・・・い・・か、・・・岬・・・・。入れるぞ・・・。」
「・・・・・ん。」

そう呟いて身体を推し進めようとした瞬間、ガタンと大きな音が部屋に響いた。

予期しなかった大きな音に岬の身体がビクリと跳ねた。

一体。

自分達以外に音を立てるものがいるはずがない。

そう考えようとして若林は、そもそものこの部屋に来た理由を思い出す。

翼に布団を掛けようとして・・・・、その布団を取りにくるつもりで・・・。

思い出して、ゆっくりとドアの方を振り返った。




そこには青ざめた顔をした翼が、音の原因を作ったらしいドアに縋りついて座り込んでいた。






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予想通りの展開でごめん・・・。(>_<)

2006.09.25.