過去と今と未来と3−29
暗闇の中、メリー号は慎重に進んでいた。まだ島から離れていないためあちこちに浅瀬があり、かなり危険な状態ではあるが、そこは航海士の腕がいいのだろう。ゆっくりとはいえ、確実に危険な箇所を避けて進んでいる。 「まったくもう!!あのおじいさんとサンジくんの仇を討ちたかったら素直にそう言えばいいのに!!」 ナミが怒りながら目を細めて海を見つめる。 「何でだ?サンジは自爆しようとしたじぃさんを庇っただけだろう?奴らにやられたわけじゃねぇだろう?それによぉ、じぃさんに仇を討ってくれ、って改めて頼まれたわけじゃないし。・・・・・でも、まぁ、向こうから仕掛けたらこっちも戦うだけだし、俺達の進路を塞いだら、どかしゃあいいもんな?」 ニシシシと歯を見せて笑うルフィにナミは肩を落とした。 「わかったわよ、船長・・・・。ほら、チョッパー面舵一杯!」 これからたぶん迎えるだろう戦闘に意識を向けながら、ゾロはそっと後ろを振り返る。 辺りは闇で解りにくいが、岩場の上には小さく老人がポツンと佇んでいることだろう。 結局、老人は「悪かったの。」と詫びて、この船を降りた。 それはあらゆる意味での詫びなのだろう。 彼がどれだけそのマゴット海賊団に対して憎しみがあったのかわからない。 ただ、多くの犠牲を伴いながらその復讐に失敗して、そしてまた死ぬことも叶わずに終わり、悔しい気持ちをどこにぶつければいいのかわからないようだった。 しかし、年老いた酒場の店主として、『クスリ』の研究者として、やるべきことがまだまだあるだろう。 だからこそきっと、サンジは彼を助けたのだろう。ゾロにはなんとなくだが、そう感じた。 老人が願っていた彼の復讐は果たされたことにはならなかったが、倉庫の『クスリ』が燃えたのとマゴット海賊団が島を出たことで彼がまた願っていた、これ以上マゴット海賊団の被害者を増やさない願いはきっと叶うだろう。 それでも。 「ま、半分果たされたようなもんだがな・・・。」 この先の展開を予想してふっと笑ったのをJJが「何?」と見つめた。 「・・・ロイの疑いが晴れて良かったな。」 そう誤魔化した。 が、JJはすっきりしない顔だ。 「どうした?」 「でもなんだかロイの疑いが晴れたって気がしないんだ。だって・・・。」 そうJJが一旦口を噤んだのをゾロは別の形で受け継いだ。 「今はまだゆっくりと考えられる状況じゃねぇし・・・。これから戦闘が始まるだろうから・・・終わってからそのことはゆっくりと話せばいい。みんなきっとわかってくれる。」 らしくないと思いながらも、ゾロはそうJJに告げた。 自分はいつからこんなに他人を甘やかすようなセリフを吐けるようになったのかと内心自嘲する。 が、JJはゾロの言葉を素直に受け取り、笑顔になる。それだけでいいか、と目を細めた。 「ともかく、辺りは真っ暗闇だ。向こうもそれを承知で出航している。かなり警戒しているだろうから、すでにこっちの存在を察知している可能性もある。気をつけろ。」 キンと鞘を鳴らしてゾロが告げるとJJはコクリと頷いた。 船首を見れば、ルフィはやる気満々とばかりに腕を振り回している。 ナミが叫んだ。 「やっぱりこのまま外海に出る海流に乗るにはあの海賊船と進路が重なるわ。もうすぐよ、注意して!」 ナミの言葉と同時に向こうの海賊船に動きが見えた。 メリー号に気がついたようだ。 「向こうがこちらに気がついたようよ。動きが慌しくなったわ。」 見張台からロビンが告げる。 ウソップはすでに大砲の準備を進めていた。 「来た!!」 ドオンと大砲の放たれる音が静かな闇夜に響く。 「あんな大きく放ちゃあ海軍にバレるんじゃねぇか!?」 ゾロが叫ぶその横からルフィが大きく身体を伸ばした。 「ゴムゴムのぉ〜〜〜〜〜〜風船!!」 ぼおんと放たれた大砲を大きく膨らんだ体で弾き返す。敵船の真横にそれは落ちた。 ダアンと水飛沫が上がり、敵船が揺れる。 返ってきた砲弾に驚いたのか、続けざまに大砲が打ち放たれた。 「ウソップ!!」 ナミが叫ぶと同時に「わかってるよ!!」とウソップがこちらからも大砲を打ち上げた。 ガアン ドオン 標的を狙いにくい所為か的を外しているが、それでも構わずにお互い打ち続ける。 砲弾の応酬の中、メリー号はどんどん敵船に近づく。小回りが効くメリー号はあっという間に敵船の真横に位置づいた。 途端、隣の大きな帆船から船長らしき男が顔を出す。 身体の大きな男だが、かなり白髪が混ざり、オセ同様かなり年を取ったように見えた。が、その目は細く狡猾そうに見える。 彼が船長のマゴットなのだろう。その横には長身の細身の男も並んでいた。副船長のアジだ。 「何者だ、てめぇら!!」 「俺か?俺はモンキー・D・ルフィ。海賊だ。」 「海賊?どう見てもガキの集まりのようにしか見えねぇが・・・。」 一旦考える素振りを見せ、「そうか!」と思い出したように叫んだ。 「・・・・そういえば、賞金首の中ににお前の顔を見たことがある・・・。だが、何故、俺らの邪魔をする!!」 怒り心頭という様子で男が叫んだ。 「そっちこそ、俺達の邪魔するんじゃねぇよ!」 「何だと!!」 「俺達の進路の邪魔なんだよ!」 ルフィはニヤリと笑って答える。 男はピキピキと皺だらけの額に青筋を立てた。 「たかが数人の小さなガキ共が偉そうに!!」 「そっちこそもうじじぃじゃねぇか!だいたいだなぁ、お前らが島で騒ぎを起こすから海軍が動き出したっていうじゃねぇか。俺達も早々に島出なきゃいけなくなったのはそっちの所為だろうが?」 ウソップが横から口を挟んだ。 が、細い目がギロリと睨むと思わずルフィの影に隠れる。 「何を知ってる、小僧!!」 カッとなって叫ぶ細身の男に思わずウソップが震えながらも更に叫んだ。 「てめぇらが『クスリ』を使って島を支配しようってのは知ってんだぞ!!ジィさんの自爆で失敗したんだろう、ザマアミロってんだ!!」 その言葉は火に油を注いだようで大男は大きく吼えた。年老いてもまだまだ現役の海賊だと云わんばかりだ。 「てめぇら、オセの仲間か!!奴は生きてるのか?だったら容赦しねぇ!!!アイツのお陰で俺達の計画はおじゃんになっちまったんだ!暫くはこの島にも拠れねぇ・・。この責任、お前らの首で償ってもらおうじゃねぇか!!」 叫んですぐに男の血走っている目が大きく見開いた。 「てめぇ・・・・。」 男の目線はルフィの後ろを捉えていた。 釣られてルフィ達も後ろを振り返る。 「さっきは失礼したな、マゴット船長・・・だっけ?それと副船長はアジって言ったっけな・・・。」 「サンジ!!」 「サンジ、もう大丈夫なのか?」 「あぁ、悪かったな、船長。俺はもう大丈夫だ。」 「ならいい。あいつらをぶっとばすぞ!」 ニシシと笑うルフィの横からウソップが駆け寄る。チョッパーに抱えられるようにしてサンジは、ラウンジの前でウソップ達に大丈夫だと手を上げながら海賊達を見上げていた。 サンジを支えているチョッパーは諦め顔だった。 まったくこの男はじっとしているって事を知らないのか・・・。 ゾロはルフィの横で小さくため息を吐いた。 JJはゾロの横であっけに取られている。 「貴様がいるってことは、そこにオセもいるのか?」 「残念ながら、島にいるってよ。やることがまだまだあるからな、じぃさんには・・・。じぃさんには逃げられるし、もう『クスリ』を手に入れることができなくなって、残念だったな・・・・。」 「なぁに。まだこの船には在庫がたっぷりとあるからな・・・。それで暫くはやってけるさ。なんならお前さんにもまた打ってやろうか?前は確か『煙草』だったが、今度はもっと強力なヤツを使ってやるよ!一発で昇天しちまうぜ?」 ニヤニヤと厭らしい笑みを溢しだしたが、それでも計画が丸潰れになった怒りは収まらないらしい。 白髪の中で真っ赤に染まった顔はそのままだ。 「遠慮するよ。その前にその『クスリ』とやらはきれいさっぱり燃やしちまうよ。それがじぃさんの願いだ。」 サンジはチョッパーの肩から離れて一人で立った。 「偉そうに!!ヤロウども!やっちまえ。」 「うおおおおっっ!!」 マゴット船長の叫び声と共に大勢の部下がメリー号に襲い掛かって来た。 「女がいる!!そいつらは生け捕りにしろ!!『クスリ』漬けにして売っちまうんだ!」 「賞金首は首さえありゃあいい。」 口々に叫びながら襲い掛かる海賊団の連中にルフィをはじめ、ゾロ達も応戦する。 「サンジくんはケガしてるんだから中に入って!!」 ナミが後から叫んだ。 「ナミさんこそ!!奴らは卑怯な手を使う。毒矢に気をつけるんだ!!」 先の倉庫で一旦は一戦交えたのだろう。すでに敵の手の内を知っているとばかりに回りに毒矢や毒刀の注意を促す。 まるでさっきまで重傷を負っていたとは思えない動きで敵を倒しだした。が、もちろんそれはナミ達を守るためで。 敵船に乗り移っての攻撃はルフィとゾロに任せていた。 しかし。 JJがゾロに付いて行くとばかりに走っていくのを見つけると、サンジは舌打ちした。 「あんのバカ!まだ10年早いっての!!」 そう呟いてウソップを振り返った。 「ウソップ!ナミさんとロビンちゃんを頼んだぞ!!」 「おうっ!ってサンジ、何処へ行く?」 ウソップが鉛星や卵星で応戦しながらサンジを見返す。 「あんのアホまで行っちまった。無謀なアホを止めてくる!」 「サンジ!まだ無茶だ!!お前だってケガ・・・!!」 敵を蹴り倒しながら先へと走り出したサンジに気が付いたチョッパーをウソップは止めなかった。 「行かせてやれ、チョッパー・・。サンジなら大丈夫だ。それよりもJJの方のが心配だ。」 「・・・・わかった・・・。」 お互いに敵船から乗り込んでくる連中を海へと叩き落しながらウソップとチョッパーはため息を吐くしかなかった。 「うおおおおっっ!!」 ルフィが雄たけびを上げながら敵船の中を突き進んでいった。 敵船の船長であるマゴットは指令を出したと同時にどこかへ隠れてしまった。 甲板では副船長のアジが陣頭指揮を執っていた。 さすが卑怯極まりない船長だ。自分ばかり、とそれがさらに腹が立った。 ルフィは、時折襲ってくる部下共を倒しながらありとあらゆる部屋を探した。 ゾロは甲板で敵に囲まれていた。その背中にはJJが張りついている。 JJの息はかなり上がっている。 「はぁはぁはぁ・・・・。」 「大丈夫か?JJ。」 「うん・・・。大丈夫。」 ゾロの方もまだまだ未熟なJJを庇いながらの戦いでいつもより疲労が激しいらしい。 JJの獲物は銃だし腕前もまだまだだ。襲ってくる矢に対応ができない。 ゾロが一人でヒュッヒュッと四方から飛んでくる矢を刀で弾き返した。 「ちっ、キリがねぇ・・・。」 こちらから攻撃を仕掛けようかとも考えたが、それにJJが対応できるとは思えなかった。今はただ防戦一方だ。 それでも頑張って戦っているJJを足手まといだとはゾロは思っていないのだが、JJの方がそれを感じ出したたのか合間に申し訳なさそうな顔をする。 「ゾロ・・・。ごめん。俺・・・。」 「謝ってる暇があるんだったら、この窮地を抜け出すことを考えるのが先決だ!!」 「・・・うん・・。」 さらに弱気になるJJにゾロは叱咤する。 「わかってる・・・。でも・・・。」 そこへ後ろの方から敵が吹き飛ぶのが見えた。 一体何が起こったのか、回りを囲んでいた敵陣も一瞬あっけに取られる。 「な・・・・。何だ?」 そのチャンスをゾロは見逃さなかった。 「うおりゃああああ!!」 敵陣の中へ突っ込んで行く。それに敵の方はJJの存在を忘れてゾロの対応に集中した。が、後ろからも誰かが攻めてくる。 一気に敵陣の和が崩れた。 「サンジ・・・・。」 JJは小さく呟いた。 敵陣の和を崩しているのは、メリー号にいるはずのサンジだった。 ゾロもそれに気が付いたようだ。 二人してお互いに近づくようにして敵を倒して行く。 あれだけの重傷を負っているのに・・・。 それに比べて僕は一体・・・。 JJはため息を吐いた。 己の弱さをつい悔やんでしまう。 もっと強ければ・・・。 もっと銃の腕があれば・・・。 でもどう足掻いても今すぐ彼らの域に到達することができない。 ただ呆然と二人の戦いを見守るしかできないのだ。 「危ないっっ!!」 叫び声が響いた。 「え?」と振り返る間もなく、JJは押し倒された。 ダンッッ!! 「コック!!JJ!!」 ゾロの叫び声が聞こえる。 ということは・・・。 JJは一体何が起きたのかわからなかったが、ゾロの声で咄嗟に自分を庇ったのがサンジだということがわかった。 「まさか・・・。」 タラリと冷や汗が流れる。 「・・・・てて・・・。」 小さく耳に届いた声で、思わずJJはほっとした。 「大丈夫か?JJ・・・・。」 サンジが顔を上げる。その頬には先ほどチョッパーが治療する前にはなかった傷が新たに作られていた。血がツーッと流れる。 「サンジ、それ・・・。」 JJが指差して、改めてサンジは「ん?」とその傷に気づく。 「あぁ、大したことねぇ。舐めときゃ治る。」 ニカリと笑う顔に上から声が降りかかった。 「おい!アホども!!さっさと動け。また囲まれちまうぞ!」 ゾロが二人の前に仁王立ちしていた。 「わかってるよ、アホ言うな!アホ剣士!!」 そう立ち上がろうとしてサンジの身体がグラリと傾いた。咄嗟にJJは受け止めようとするが、止めきれずに一緒にまた倒れてしまう。 「どうした!?」 ゾロが前を見据えたまま振ってくる毒矢をまた刀でなぎ払っていた。 「毒矢?!」 脇の床に刺さっている矢と急激に顔色を悪くするサンジとその頬から流れる血を見てJJは理解した。頬を掠めただけで毒が効いたのだ。強力な即効性のものなのだろう。 「しっかりして!」 サンジを抱えて立ち上がろうとしてその意外な重さに顔を顰める。 「大丈夫・・・・だ・・・。」 無事を伝えるがその声音はさっきより弱々しい。ただでさえ重傷を負っているのだ。それに毒が入ればあっという間だろう。 「コック・・・。30秒耐えろ。」 ゾロが上から舌打ちしながら声を掛ける。 またか、と呆れているのが顔に出てしまったが、あえてそこには言葉を使わなかった。 「え・・・。無理だよ・・。」 変わりにJJが答えるが、それをサンジは笑って「まかせとけ。」と、ニヤリと答えた。 うおおおおおっっ 動きの止まった3人に、アジの指令で一斉に矢が放たれた。襲い掛かる敵群にゾロが構える。 サンジは咄嗟にJJを抱えて飛び上がった。 「三刀流!竜巻っっ!!」 一斉に突風が巻き上がり、敵群全てが巻き上げられる。 「うわああっっ!!」 自分達も巻き込まれると思った瞬間、JJの身体がふわっと浮いた。それはゾロの技に巻き込まれたからではなく、サンジが巻き上げれらた敵を土台にしてさらに飛び上がったからだった。 「ええぇっっ!」 バタバタと倒れ落ちて行く敵達を横目に、ゾロの技から逃れた二人はタンと見事に着地を果たした。 「・・・・・・・・・。」 自分だけだったら、こんなことは到底できない。 呆然と佇むJJにサンジは青い顔でニヤリと笑った。 「なんて・・・。」 JJが何かを言おうと口を開いた瞬間、その笑顔がグラリと傾く。 「サンジっっ!!」 倒れるサンジを受け止めながらJJは座り込んでしまった。 辺りはゾロの倒した敵があちこちに倒れており、一旦は片がついたように見えた。指令を下していた副船長のアジもあっけなく倒れている。 しかし、まだその向こうから新たな敵がやってくるのが見えた。 「ゾロっっ!」 JJは叫ぶしか出来なかった。 「サンジがぁ!」 もう息もかなり荒い。 どうしようと戸惑っていると、離れた位置に立っていたゾロが振り返って叫んだ。 「お前はそいつを連れてメリー号へ帰れ!」 「ゾロはっ!?」 半分涙顔でJJが立ち上がる。 「俺はこいつらを片付けてから戻る。コックが言ってたじぃさんの願いってのを叶えねぇとな・・・。」 ゾロはふっと笑ってJJを振り返った。 「でも、サンジは・・。」 「お前に任せる。チョッパーの所へ連れてきゃ大丈夫だ。この毒も元々は『クスリ』と関連しているはずだ。だからきっと、チョッパーなら研究済みだ。」 「でも、僕はサンジを憎んでるんだよ。もし・・・。」 ゾロは近づいてポンとJJの頭を撫でた。 敵が近づいて来る。 「お前はそんなことしねぇよ・・・。ちゃんとチョッパーのところへ連れて行ってくれるんだろう?」 そう笑うとさっと前を向き、向かってくる敵へと突っ込んでいった。 残っている敵は後僅かだろう。もうJJとサンジにまで襲い掛かってくる敵はいなかった。 半分涙目になりながら、JJはサンジを抱え、メリー号へ向かった。 |
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2008.07.03.