過去と今と未来と3−31
2日後、サンジは目を覚ました。 誰もがそれを喜んだのだが、「まだ完全に身体が回復していないから。」とゆっくりと過すようにとチョッパーから御達しが出た。 サンジも心身ともに疲れたのか、めずらしくチョッパーの指示に素直に従った。 それからサンジが安静にしている間の2週間は、穏やかな日々が続いた。 ルフィとウソップは釣りばかりしていた。チョッパーは主にサンジの看病に徹した。 ナミとロビンは本を読み、JJの作る料理をおいしそうに食べた。 JJはひたすら料理を作ることに専念した。サンジの病人食もきちんと作った。 ゾロは黙々と鍛錬に勤しんだ。 誰もが、サンジが記憶が戻ったことにも触れず自然に接した。サンジはそれに感謝した。 その間、ゾロとJJの二人の仲に変化が見られた。会話も殆ど交わされず、また恋人としての甘い時間もまったくなくなっていた。 それは、ゾロもそういった気分になれなかったらしいのと、JJの方も何かに気兼ねするのか、ゾロに甘える気にならなかったからだと笑って言っていたのだが。 波は穏やかで気候も暖かく心地良かった。 そんな2週間だった。 JJは、食事の準備の合間の休憩に後甲板で海を見つめていた。 頬を撫でる風が気持ちいい。 ぼうっとしていると、コツコツと足音が届いた。 誰が来たのか、JJには足音ですぐにわかった。 「もう、いいの?」 「あぁ、医者の許可も降りた。煙草も吸っていいってさ。」 後ろを振り返らず問うと、穏やかな声が返った。 その言葉通りにしゅぼっと音がしてすぐに煙がJJの傍に届いた。 「記憶が戻ったことがバレちまったんなら禁煙は解禁だ。」と、サンジは笑った。 「ロイは海賊に騙されて『煙草』を買ったんでしょう?」 「そうだ・・・・。」 「でもそれが『クスリ』だってこと、少なからずわかってたんじゃないかな・・・・。」 「JJ・・・・。」 クルリと振り返り、JJは後ろに立つサンジを見つめた。 「わかってる・・・・。」 JJは作り笑いをしていた。 「JJ・・・・。」 「わかってはいたんだ。ロイが本当はどんな人か・・・。」 「・・・・・・・。」 「認めたくはなかったけど・・・・でも、心のどこかではわかってた。ロイは一見穏やかそうに見えても手段を選ばない人だからね。海賊に騙されたって話だけど、ロイはきっとわかってたんだ。その『クスリ』がサンジを狂わせるって。サンジが中毒になっちゃうって。それでも、自分の欲求を満たしたかったんだ。サンジが欲しかったんだ。だってさ・・・・。」 JJはチラリとサンジを見上げる。 「そもそも、僕と付き合いだしたのだって、僕が昔のサンジに似てるからだよ。髪型だって性格だって全然違うのに!それでも、金髪で細身で・・・雰囲気や抱き心地が似てるってだけで・・・・。言葉にはしなかったけど、態度でわかったよ。」 「わかってはいたんだ。僕はサンジの身代わりだって・・・。自分の欲が最優先の酷い男だって。わかってはいたんだ・・・。」 プライドが高くて、自分が相手をフるのはいいが、自分がフられるのは許せなくて。 相手の行動が自分の思惑に外れていたら、それだけで激昂して。 自分の欲求が最優先でその為なら相手を騙すのも、脅すのも平気で。 つらつらと愛していた男の悪い部分を口にするJJは、すでにもう過去のこととして捕らえたようだ。 とは言え。 「でも・・・。」 「でも、その時は愛していたんだ。」 俯くJJにサンジは温かい笑みを見せた。 「それでいいと思うぜ?俺も昔は彼を愛していたよ。」 「うん。」 今初めて、お互いを理解できたような気がした。 「ひとつ聞いていい?」 「何だ?」 「記憶のこと・・・。記憶が失ったのは、ただ単に『クスリ』の影響?それとも、やっぱりロイと二人きりの間に何かあったの?」 「気になるか?」 「うん・・・。」 恐る恐るJJはサンジを見つめる。 「ま、記憶が無くなったのは、単なる偶然だと思うぜ?確かに、ロイに「新しいからどうだ?」って『煙草』を渡されて、それを吸って眠っちまって・・・。その間に島を出ちまったってのはあるんだがよ。」 サンジは遠くを見つめながら煙を吹かした。 視界に写る海は穏やかだ。 「一度は目が覚めてな。そこはもう船の上で島からもかなり離れちまってて・・・・。島に戻る戻らないって言い争ったんだが、ロイは無理矢理俺に煙草をまた口に咥えさせようとしたんだ。抵抗しようとしたがロープで縛られてて、あいつを蹴り上げれないから顔を背けることしかできなくってよ・・・。でも、抵抗しきれなくてまた眠りに落ちちまいそうな頃、偶然にも嵐がやってきて。ロイが「嵐だ!」って叫んだのと、船が大きく揺れたことの後は俺は覚えてねぇんだ・・・。たぶん、その間に船が沈んだんだろうな。難破した時に俺はケガを負ったらしいから、そん時に頭を強く打って記憶が無くなったんじゃねぇか、って俺を助けてくれた人が言ってたよ。二人で揉めていた時にそういういことがあっただろう?だから、記憶が戻ったのも切欠に『煙草』があったのも、そういうことじゃねぇか、って俺は思う。」 「やっぱり、ロイって酷い男だね・・・。」 JJは肩を竦めて、悲しそうな眼で海を見つめた。 「でもよ、良いところもあったんだぜ?」 「?」 「俺を助けてくれたマリアが言ってたんだが・・・・・ロイは難破して流れ着いた島で、死ぬ瞬間まで俺のことを心配していたらしい・・・。元々、眠っている俺を庇って大怪我をしたらしいし・・・・・・。そして、俺に「詫びたい。」とも言ってたらしいんだ。・・・・根っこではいいやつだよ。」 「そっか・・・。」 なんとなく、二人でほっとした顔になった。 たとえ一時でも好きになった相手だ。心のどこかで優しい彼を忘れたくないと思う。 「教えてくれて、ありがとう。それから・・・。」 JJは言い難そうに一旦顔を俯かせ、目線だけを上げる。 「あの時はありがとう・・・。」 「?」 「だから・・・・・・。マゴット海賊団の船の上で・・・。」 「あぁ・・あれか?身体が勝手に動いちゃうんだよ。ま、俺の性分みたいなモンだ。気にすんな。」 ぷはっと煙を上へと吐き出す。 JJは軽く笑った。 「そうみたいだね。ゾロも言ってた。バカは死ななきゃ直らないって。」 「あんにゃろ!・・・でも、そうかもな・・・。」 「でも、ロビンちゃんが言ってた。その前に誰かがその行動を止めればいい、って。」 「ふ〜〜ん。」 気のない返事をサンジは返した。 それは、きっと誰にも彼の行動は止められないだろうと自分では思っているからに違いない。 「きっと止めてくれるよ。」 「誰がぁ?」 サンジは苦笑する。 JJは少しむっとして答えた。 「ゾロがサンジのバカな行為を止めてくれるよ。」 JJの言葉に目がきょとんとする。その一瞬のすぐあと、彼は大笑いをした。 「ありえねぇ〜〜〜〜〜〜!!それはぜってい、ありえねぇ〜〜〜って!!何言ってやがる。お前らの仲を俺は切り裂くつもりはねぇって言っただろ!」 腹を抱えて笑い出すサンジにJJは怒鳴った。 「笑うなよ!ゾロは絶対、サンジのそのバカな行動を止めるって!だって!!」 「だって何だよ?」 ひ〜ひ〜笑うサンジは次のJJの言葉に一気に笑いを引っ込めた。 「だって、ゾロと僕は別れるからだよ!」 「何だと!?」 途端に真面目な顔を晒すサンジにJJもまた真剣な顔を向ける。 「どのみち僕と別れなくても、ゾロはきっとサンジのことを守ってくれる。でも、そうじゃなくて・・・・・!!僕は次の島でこの船を降りる。だから、僕はゾロと別れるんだ!」 「何言ってやがる、JJ!気は確かか?」 「確かだよ。だから別れるんだよ!」 胸倉を掴みかからん勢いで募るサンジに、JJも負けない気で伝える。 「ゾロはどうするんだ!?一緒に船を降りるのか?」 「ゾロは船を降りない。僕一人で降りる。だから!」 「てめぇ、大人を揄のもいい加減にしろっ!せっかく見つけた相手だろうが!言っただろうが、俺はお前からゾロを取るつもりはねぇ!」 「違うんだ!サンジが僕からゾロを取ろうとしてるんじゃなくて、元々、僕がゾロとサンジの仲に入ったんだ。僕が割って入ったから・・・。だから・・・。」 「ちっ、話にならねぇ・・・。」 サンジは煙草をぽいと海へと投げると、カツカツと音を立てて踵を返した。 ロイとのことでは、やっと許しあえる仲になったというのに・・。 JJはきつく唇を噛み締めた。 そこへ入れ違いに、違う足音が近づいてきた。 「ゾロ・・・。」 「どうした?コックとまた何か揉めたのか?今、すれ違った時、すごい顔をしてたぞ・・・。」 「うぅん・・・。そうじゃなくて・・・。でも、そうかもしれない。」 「何だ、そりゃ?」 理解できないという顔をゾロはする。 「ねぇ、ゾロ。僕、いろいろ考えたんだけどさ・・・。」 「どうした?」 「さっきね、サンジにも言ったんだけど・・・。・・・・・僕、次の島に着いたらこの船を降りるよ・・・。」 「JJ?」 ゾロもまた驚きを隠せなかった。 空は青く気候も穏やかだ。 「ゾロは以前、『あいつを許そうという気持ちが欠けらもなかったら、今頃お前は船から降りてるよ。』って言ったけど、僕が今日、船を降りるって言うのは、彼が憎くて仕方がないからじゃないよ。」 「あぁ・・・・・・。」 「僕は前を向いて生きて行く為に船を降りるんだ。ゾロもそんな僕が好きなんでしょう?」 「あぁ。」 「今、僕が生きて行くのに必要なのは、船旅じゃなくて・・・・もっとじっくりと自分の腕を磨く場所なんだ。それに気づいたんだ。」 「どうしたんだ、一体?」 最近、あまり甘えてこないものだから何かあるのかと思えば、そんなことを考えていたのか、とゾロはため息を吐いた。 「二人を見ていて思ったんだ。僕は入ってはいけない仲に割り入ったのかなって・・・。」 「何でそんなこと思う。」 「だってかなわないもん。二人には・・・。あの戦闘の最中の息の合った動きとか・・・信頼度とか・・・。恋人とかいうレベルじゃないよ、もう。」 「お前だって鍛えれば、息のあった動きぐらいできるさ。」 「そんなことじゃないって・・・。」 JJは大きく息を吐いて隣に立つゾロを見上げた。 二人は揃って手摺りに持たれて海を見つめている。 「そういうことじゃないんだ!ゾロとサンジはお互いたった一人しか居ない相手なんだ。それに気づいたんだ。」 「・・・・・お前はどうするんだ?」 心配そうな表情を見せるゾロにJJはニコリと笑う。 「大丈夫だよ。僕もそういう相手を見つけるから?だからこの船から降りるんだ。」 肩に置かれたゾロの手にJJは頬を寄せる。 「そして、そんな相手を見つけて、そして、僕はロイにもサンジにも負けない程の料理人になるんだ。」 「そういった意味では、ロイにもサンジにも感謝しているよ。僕は海ではなく、陸での一流の料理人だけどね。」 そしてそのまま、JJはゾロの手の甲にそっとキスを送った。 「JJ・・・。」 「サンジは頑固だから、僕の言葉を受け入れてくれなかったけど・・・・でも、ゾロ。頑張ってサンジを取り戻してね。」 「あぁ・・・。わかった。」 「大好きだったよ、ゾロ・・・。」 そっと二人は口づけを交わした。それが二人の最後の口づけだった。 |
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2008.07.17.