ー36ー




若林のケガはその後順調に回復し、1週間後には徐々ではあるが、練習に参加できるようになった。
そのシーズン、若林は、多少の間があいたとはいえ見事にケガから復帰し、リーグ優勝に貢献した。
サッカーへ打ち込む若林の様子を見て、誰もが彼の復帰を喜び、また実情を知っている者は岬との関係が切れたと喜んだ。
最初、手を貸すと言っていたシュナイダーもしかり、縁を切れと言った翼もしかり。





岬を除き、全てが元も戻ったようだった。
全ての者が岬の存在を忘れたかのように。

















シーズンも終わり、季節も移り変わり。








若林は久しぶりに休暇を楽しんだ。
一旦、日本に帰ろうかとも思ったが、その気も失せ、若林は、なんともなしに人の多い観光地へと足を向けた。
海を望めるその町は、バカンスを楽しむ人達が多く歩いていた。

大勢の人がいる賑やかな街並みは、気が紛れる。嫌なことを全て忘れられる。サッカーをしている時のように。
たった一人での休暇。
特に予定をあらかじめ決めていたわけではないので、ホテルさえ決まっていない。
が、空きはどこかにあるだろう、とぶらぶらと海岸線を歩いた。

空は快晴で陽射しが降り注ぎ、ほどよい暑さがかえって気持ちいい。
伸びをしながら歩くと、犬を連れて散歩をしている人間やジョギングをしている人間が思ったより多いのが目に付いた。観光地で人が多いが、その誰も彼もがのんびりと時を過している。

若林にとっては、このワンシーズンは本当に慌しく疲れた日々だった。
試合に集中しようにもできない日もあった。治ったとはいえ、天気によっては脇腹の傷が多少痛んだ。
まわりも若林の一挙手一投足に視線を注いでいて、息の継げる時がなかった。
本当に本当に心身共に疲れた。



この疲れを見知らぬ土地でゆっくりと癒したい。


だが、まずは肩に担いでいる荷物を片付けるのが先か。と回りを見回す。手ごろなホテルがないか、とキョロキョロした。
それが無用心だったのか、ただ単に休暇で気が緩んでいたのか。

上方にあるだろうホテルの看板を探して見上げた瞬間、誰かがぶつかってきた。
ふらつく体をふんばり、一体誰だ、とぶつかった肩方向に視線をやった時には、その肩に掛かっているはずの荷物が消えてきた。

「あ・・・?」

疑問に思う間もなく、前を見れば、子どもらしき背丈の者が若林の荷物を持って走り去っていく所だった。一瞬のことだとはいえ、荷物をあっけなく盗まれたことに舌打ちする。

「な・・・・・。お前、待てっ!!」

慌てて追いかけるがその小柄な人間は思ったより足が速い。成れたものだ、と感心していまうのは大人の余裕からか。
伊達にスポーツをやっているわけではないのだ。
ふっ、と息を吐くと、一気に足に力を込めた。
背丈もかなり違うせいか、歩幅の差によるものか。
曲がり角に差し掛かった時には、若林の手は強盗犯に届いた。

ギュッと襟足を掴まえる。

「この野郎!」

ぐいっと人並みはずれた握力で犯人を引っ張った。
普通なら、ナイフが飛んできてもおかしくないだろう。が、それは犯人の様相からない、と若林は判断した。
勢い余って犯人が後へ倒れこむ。ドタッと埃をたてて尻餅をついてしまったのを、上から押さえ込んだ。

「俺から荷物を奪おうってのは威勢がいいな・・・。」

若林は足元に倒れてしまった犯人を嘲笑う調子で見下ろした。
犯人はまだ小学生くらいの男の子だった。

「ちくしょう!!いつもなら成功するのに!!」

悔しそうに唇を噛む少年に若林はさっさと荷物を取り返す。

「今度、こんなことをしてみろ。警察に突き出してやるからな。」

すぐさま警察へ連れて行かれると思ったのか、若林の言葉に少年は「え?」と顔を上げた。
瞬間、少年は目を見開く。

「ワカバヤシ・・・・?」
「何だ、俺を知っているのか?」
「知ってるって、あんた、サッカー選手のワカバヤシだろう?ドイツにいるんじゃないの?なんでフランスにいるの?」
「今は休暇だ。・・・・俺も結構、知られたもんだな。」

サッカーファンなら国は違っても知られているのだろうな、とフッと笑う若林に「別に・・・。」と少年はそっぽを向く。
が、思いついたようにすぐさま少年は若林の足に縋りついた。

「あんたなら・・・・。」
「・・・・?なんだ、小僧。」
「あんたなら、助けてあげられる?」
「助けてって・・・・・。何の話だ?」
「助けてあげて。お願い!!」

少年は若林の服を鷲掴みにして縋ってくる。

「だから、誰を?」
「ミサキを!ミサキを助けてあげて!!」
「岬!!」





若林には数ヶ月ぶりに口にする名前だった。






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2007.01.11




ラストへ向けてゴー!(ほんとかな〜?)